近代科学の黎明
   ━━ 時代背景


ニュートンの法則と各種保存則の関係、微積物理の話に入る前に、さらっと近代科学の黎明をお話します。時は 16 世紀後半から 17 世紀初頭にかけて。日本でいうと、江戸時代の始まりの頃。
天体観測
古来、天体の運行は人々の心を魅了してやまなかった。文明ごとに特色ある星座が名づけられ、そしてそれにまつわる神話も紡がれていった。なかでも、惑星はその名の通り、「まどい星」。とりわけ明るく、その上、毎晩夜空を見上げていると、星座に対し、その位置が日々変わり、ときには逆行までするといった不可解な動きを天球上で行う。占星術はそうした天体への不思議な思いから生まれたのだろう。 ティコ・ブラーエ(1546-1601)は、生涯をかけて精密な天体観測を行い、記録を残した。その弟子 ヨハネス・ケプラー(1571-1630)は、彼の 16 年に渡る記録を譲り受け、惑星の運行に関し、ケプラーの法則(1609,1619)を発見する。 1 法則:惑星は太陽を焦点とする楕円軌道を描く2 法則:面積速度は一定3 法則:各惑星の公転周期を T, 長半径を a として、 (a3
T2
)水星= (a3
T2
)金星= (a3
T2
)火星=(a3
T2
)木星=(a3
T2
)土星
土星から先がないのは、当時まだその先の惑星が発見されていなかったから。 ここで、面積速度とは、太陽と惑星を結ぶ動径が一定時間に掃く面積のこと。したがって、惑星が太陽に近いほど、公転軌道を移動する速度自体は早く、遠いほどゆっくりになることになる。
1 法則、第 2 法則は各惑星の軌道についての法則で、第 3 法則は惑星に共通の法則。長年の観測結果を基に、法則を見出すという点で、自然科学、近代科学の夜明けといえる、画期的な発見だった。 その後、ニュートンは彼の構築した(古典)力学からケプラーの法則を説明することに成功する。第 2 法則は角運動量の保存則を、第 3 法則はその原因となる力とは何か、という問いを生み、万有引力の発見へとつながり、第 1 法則はそれを用いた運動方程式の帰結となる。
地上での実験
時を同じくして、ガリレオ・ガリレイ(1564-1642)は地上で実験を行う。 振り子の実験 振り子はスタート地点 S と同じ高さ E まで登る、という実験結果から、最下点での速度は行きも帰りも同じ v である、と推察される。途中に刃物をおいて、振り子の長さを変えても、同じ高さ E',E" まで登り、元のスタート地点まで重りは戻ったという実験結果から、この場合も、最下点での速度は行きも帰りも同じ v である、と推察される。 斜面の思考実験振り子の実験をもとに、滑らかな斜面に球を転がす。登り斜面を緩やかにしてやっても、球は同じ高さまで登るだろう。では、斜面を水平にしたらどうなるだろうか ? 水平の面を進んでいったら、そこに坂があるかもしれない。坂があれば同じ高さまで登るだろう。その坂はどんなに遠くにあっても同様だろう。ということは水平面が続く限り、どこまでも運動を続けると考えられる。 この考察はニュートンにより、慣性の法則に昇華されることになる。 ガリレオの偉大さは、実際に実験を行い、そこから思考実験へと至る問いを見出した点にある。実際に実験をすれば、摩擦があるから、球は少し下の高さまでしか登らないのだが、摩擦を副次的な要因と捉え、その影響を取り除いた本質について、鋭く切り込んだところが、近代科学の父と呼ばれる所以であろう。
巨人:アイザック・ニュートン 登場
天体の観測、地上の実験結果を基に、いよいよ アイザック・ニュートン(1643-1727)の出番となる。 物体に働く力と直接関係する量は何だろうか? 運動を規定する量を考えると、1. 軌跡2. 軌跡の時間的変化の割合 = 速度3. 速度の時間的変化の割合 = 加速度が挙げられる。 ガリレオの思考実験から、慣性の法則: 外から力が加わらなければ、物体は同じ速度で運動する。つまり、力が加わると、速度が変化する。 ということは、加速度が力と関係するのだろうか?経験によっても、実験によっても、例えばバネなどで同じ力を加えた場合、重い物体よりも、軽い物体の方が、その影響は大きい。よって質量も関係してくることになるだろう。 ニュートンは力と直接関係する量は、速度でもなく、質量でもなく、(質量)×(速度)なる量が力によって変化を受けると考え、これを運動量と定義した。 「運動量の時間的変化率は、物体に働く力に等しい。」 これがニュートンの第二法則、運動方程式である。 ところが、如何せん、これを定式化するための道具立てが当時はまだ存在していなかった(だから、ここでも、まだ数式を用いての説明はしていない)。 そこで、なんとニュートンは自分で流率法という数学を作ってしまった。現在ではそれは微分、積分に相当する。自ら数学という道具を編み出し、地上の物体の運動から、ケプラーの法則といった天体の運行にわたるまで、同じニュートンの法則で説明できることが示されるに至り、ここに自然科学における、不動の地位を確立する。その分野を総称して古典力学と呼ぶ。他にも、光学の研究や、変分法を一夜にして発明するなど、正に知の巨人である。ちなみにニュートンの法則は 1665-1666 にかけて発見され、大著 プリンキピア(自然哲学の数学的諸原理)は1687 年に刊行されている。 我々も、ニュートンの法則に進む前に、数学の道具立てを整えよう。ここからの 3 セクションは、高校数学の復習となる。数学に自信のある方は読み飛ばしてもらって構わないが、各セクションとも、具体的なイメージが持てるように改めて説明しています。数学を含めて、最短距離でニュートンの法則と保存則の関係、いわゆる微積物理のキモを理解してもらえるようにすることが、本カテゴリの目標です。

< previous |
| next >