Topics: ドップラー効果 後編
   ━━ 2次元の場合


2 次元の場合
観測者と音源の移動方向が一直線上にない場合、図を見ても分かるように、波長 𝜆 というものをどう定義してよいか、 よくわからない。それに、音源が移動するため、観測地点を通過する波の進行方向は変化していく。 1 周期内で考えても、先端から始まって山と谷、後端まで、それぞれが異なる方向に速度 c で進んでいくものを観測することになる。 そこで、時間軸の図を描く方法と、音源の式から観測者の受け取る波の式を求める方法を採用しよう。簡単のため、先ずは観測者もしくは音源のどちらか一方を媒質に対して固定し、片方だけが移動する場合をそれぞれ分けて考える。
1. 音源が移動する場合
時間軸の図を描く方法
問題設定 幹線道路を緊急車両がサイレンを鳴らしながら通り過ぎるのを、少し離れたところから聞いている状況をモデル化してみよう。 周波数 𝜈S で音波を発する音源 S が、x 軸上を等速度 VS で移動している。観測者 Lx 軸から h だけ離れた場所におり、移動はしない。S から L を見る方向と、x 軸のなす角度が 𝜃 の時に発せられた音波を、L が観測するときの周波数 𝜈L を求めよ。ここで h は、音源が静止している場合の波長 𝜆=c
𝜈S
よりも十分に大きいものとする。
考察: 角度が 𝜃 の時の SL の距離を r とする。そこから一周期分の波を出す間に S が移動する距離 𝛥x は、𝛥x =VS1
𝜈S
となる。その時の SS* とし、 L との距離を r* とする。 𝛥x =VS
𝜈S
<c
𝜈S
=𝜆h,r,r*
のもと、
r*=r2sin2𝜃+(rcos𝜃-𝛥x)2
=r(1-2cos𝜃
r
𝛥x+(𝛥x)2
r2
)1
2
r(1-cos𝜃
r
𝛥x)=r-cos𝜃Δx
よって一周期分の波を出す間に音源は、cos𝜃𝛥x=cos𝜃VS
𝜈S
だけ、観測者に近づく。波の後端の到着は、音源が静止している場合よりも、cos𝜃VS
𝜈S
1
c
だけ早まる。従って、L の観測する周期は、
1
𝜈L
1
𝜈S
-cos𝜃VS
c
1
𝜈S
=c-VScos𝜃
c
1
𝜈S
𝜈L=c
c-VScos𝜃
𝜈S
音源の移動に伴い、𝜃0𝜋 と変化するので、𝜈L の変化の範囲はc
c-VS
𝜈S𝜈Lc
c+VS
𝜈S
となる。音源が遠方から近づいてくるにつれて、観測される周波数は低くなっていく。𝜃=𝜋
2
SL に最も近づいた時に発せられる波の周波数は元の周波数 𝜈S と等しい。
実際の数値も把握しておこう。常温の音速を 340m/s として、パトカーのサイレンの周波数は 870Hz 、時速 50km/h で遠方からやってきて走り去る場合、観測される周波数は、921Hz824Hz と変化することになる。 最後に途中で行った、近似r*r-cos𝜃𝛥xの幾何学的な意味についても一言。S* から SL におろした垂線を S*H とすると、SH=𝛥xcos𝜃となるので、rr* の差分は SH で近似していることになる。このとき、 LS*LS-SH=LHと近似されることになる。直角三角形 ⧍LS*H の斜辺と底辺を等しいとしてよいのか?と思ってしまうが、これは、SLS*L のなす微小角を 𝛥𝛼 とすると、
S*H
LS*
sin𝛥𝛼
S*H
LH
tan𝛥𝛼
において、sin𝛥𝛼tan𝛥𝛼𝛥𝛼と近似したことに相当している。r𝛥xが成り立つならば、この近似は妥当となる。問題設定の仮定 h𝜆 と、𝛥x の定義 𝛥x =VS
𝜈S
<𝜆
より、これは成り立つ。
任意の経路への拡張
音源が任意の経路をとる場合への拡張は容易だろう。ここまでの導出では、音源が等速度で直線運動することは実は要請されておらず、一周期分の波を発する間の移動距離が微小で直線近似ができればそれで十分であった。 一般の経路を考えるにあたり、音源 S の速度ベクトル VS(t′) の変化がゆっくりで、一周期 𝛥t′=1
𝜈S
を微小量として扱えることを仮定する。すると、S𝛥t′ 間の変位ベクトルは、
𝛥s(t′)VS(t′)𝛥t′と各周期ごとに一次近似できるので、全く同じ議論を進めることができる。ここでも、音源と観測者の距離は音源静止の場合の波長に比べて、十分に大きいものとする。 時刻 t′S から見た、観測者方向の単位ベクトルを n(t′) とすると、これは S から発せられた球面波のうち、時刻 t=t′+r(t′)
c
に観測者 L の受け取る波面の、進行方向の単位ベクトル n(t) でもある(最初にも書いたように、 L に観測される波面の進行方向は時々刻々と変化するので、まさにその瞬間に発せられた波面の進行方向となる)。
VS(t′)n(t′) のなす角度を 𝜃(t′) として、先ほど(音源が等速度運動)の場合と同じ考え方を辿ることにより、時刻 t′ に発せられた波を時刻 t に観測者が受け取る際の周波数は
𝜈L=c
c-VS(t′)cos𝜃(t′)
𝜈S
=c
c-VS(t′)n(t′)
𝜈S
で与えられる。 ところで、観測者 L との距離を r(t′) とすると、VS(t′)cos𝜃(t′) は、観測者方向への速度成分なので、値が正のとき、r(t′) は減少することになる。よってdr
dt′
=-VS(t′)cos𝜃(t′)
となるから、𝜈L は、dr
dt′
を用いて、
𝜈L=c
c+dr
dt′
𝜈S
と表すこともできる。これまでと異なり、dr
dt′
r が大きくなる方向(音源が観測者から遠ざかる方向)が正となるため、符号が一見、逆になっていることに注意。
観測者は固定、音源のみ移動の場合の 2 次元におけるドップラー効果は、音源と観測者の距離 r の時間的変化の割合 dr
dt′
にのみ、ひいては r(t′)1 変数のみに依存することが分かった。
見方を変えると、この式は L を原点とし、S を通る直線 r 軸上で、観測者は固定、音源は速度 -dr
dt′
で観測者に近づいてくる場合の、1 次元のドップラー効果の式と一致していることになる( S が移動するのに合わせて、逐次、 r 軸をとりなおすことにはなるが)。
2 次元における音源移動のドップラー効果には、音源の移動速度のうち、波の進行方向成分のみが寄与する。これは大変興味深く、また至極まっとうな結論だと思う。 例題:メリーゴーランドの音源一定の角速度で反時計回りに回転するメリーゴーランド上の音源 S を、外から観測しているときのドップラー効果を求めよ。音源の周波数 𝜈S、速度の大きさは VS とする。 解答:観測者 L から回転円に接線を引き、接点をそれぞれ P,Q とする。また、L と円の中心を結ぶ線上の点を M,N とする。 aVS(t′) a=VS で一定、進行方向と 観測者の方向のなす角度 𝜃(t′) は点 Q 0 、点 N𝜋
2
、点 P𝜋、点 M で再び 𝜋
2
となるので、
𝜈L Max =𝜈LaQ=c
c-VS
𝜈S
𝜈L Min=𝜈LaP=c
c+VS
𝜈S
S の時間に沿った移動を点 M から追っていくと、点 M から発せられる音波は音源の周波数 𝜈S で、移動につれて増加し、点 Q で最大、そこから減少して点 N𝜈S に戻り、さらに減少を続けて、点 P で最小、そこから増加に転じ、点 M𝜈S に戻るといったサイクルを繰り返すことになる。
音源の式から観測地点の式を求める方法
音源と、観測者の距離 r(t′) の変化がドップラー効果を与えることが分かったので、音源を表す式 A(t′)=Asin(-2𝜋𝜈St′)に、観測者が波を受け取る時刻 tt′ の関係t=t′+r(t′)
c
から t′ を逆に解いて(t の関数として)代入してやることにより、観測者の受け取る音波の一般解 A(t) が求まるが、解が複雑になって意味するところがよくわからなかったり、解けなかったりすることも多い。例えば最初の例:音源が等速度運動の場合では、 t′2 次方程式の解となって、 の中に t を含むような形となってしまう。 今、時刻 t′=t′a 付近で発せられた波の挙動を知りたいものとする。r(t′) を一次近似して、r(t′)r(t′a)+dr
dt′
at′a(t′-t′a)
t の式へ代入することで、t についても、tt′+r(t′a)+dr
dt′
at′a(t′-t′a)
c
と近似することができる。 t′ について解いて、t′ct-r(t′a)+dr
dt′
at′at′a
c+dr
dt′
at′a
これから
A(t)=Asin(-2𝜋𝜈Sct
c+dr
dt′
at′a
+2𝜋𝜈S(r(t′a)-dr
dt′
at′at′a
c+dr
dt′
at′a
))
=Asin(-2𝜋c
c+dr
dt′
at′a
𝜈St+𝛼)
となり、時刻 t′a に発せられた波についてのドップラー効果𝜈L=c
c+dr
dt′
at′a
𝜈S
が求められた。 この近似が成り立つ範囲は、r(t′) が一次近似できる、ごく短い時間において成り立つ。 t′=t′a 付近で発せられた波の近似としてはこれで十分である。
2. 観測者が移動する場合
時間軸の図を描く方法
時刻 t に観測者が受け取る波について考える。観測者の移動により、波面の速度がどう変化して観測されるかを考えればよい。観測者は音源から十分遠方にあるとすると、波面は平面波で近似できる。波面の進行方向の単位ベクトルを n(t) とすると、これは波面に垂直となる。 今度の変数は音源から波が発出された時刻 t′ ではなく、観測者が受け取る時刻 t であることに注意。 時刻における観測者 L の速度ベクトルを VL(t)(大きさを VL(t))、波面の進行方向の単位ベクトル n(t) とのなす角度を 𝜃(t) とする。L から見た波の速度はc-VL(t)n(t) =c-VL(t)cos𝜃(t)となるので、 L を波の先端から後端までが通り過ぎる時間 ΔtL=1
𝜈L
は、速度 c の場合に比べ、c
c-VL(t)cos𝜃(t)
倍かかることになる。
ここまで来れば、あとは 1 次元の場合と同じ図を描いてやればよい。 観測者固定の場合に比べて、周期 ΔtL a
ΔtL=1
𝜈L
=c
c-VL(t)cos𝜃(t)
1
𝜈S
だけ伸縮する。よって観測者が移動する場合のドップラー効果は、
𝜈L=c-VL(t)cos𝜃(t)
c
𝜈S
=c-VL(t)n(t)
c
𝜈S
で与えられる。
導出には ΔtL が十分に小さく、その間 VL(t) は変化しないものと仮定している。音源が移動する場合のドップラー効果の導出とは異なり、周期の伸縮を計算するのに、波の速度として時刻 t の瞬間の値だけを用いたということは、極限、瞬間的な周波数を求めているということになり、これこそが求めたいものであったわけである。 また、音源と観測者の距離を r(t) として、VL(t)cos𝜃(t)n(t) への速度成分なので、値が正ならば r(t) は増加する。dr
dt
=VL(t)cos𝜃(t)
これより、𝜈L は、dr
dt
を用いて、
𝜈L=c-dr
dt
c
𝜈S
と表すこともできる。この式は S を原点とし、L を通る直線 r 軸上で、音源は固定、観測者は速度 dr
dt
で音源から遠ざかる場合の、1 次元のドップラー効果の式と一致していることになる( L が移動するのに合わせて、逐次、 r 軸をとりなおすことにはなる)。
2 次元における観測者移動のドップラー効果には、観測者の移動速度のうち、波の進行方向成分のみが寄与する。 音源が移動する場合と同様、観測者が移動の場合も、観測者と音源を結ぶ直線上での 1 次元のドップラー効果に帰着することが分かった。いづれも、速度は波の進行方向成分のみが寄与している。今回もまた、直感どおりの結論となってくれて、ありがたい。 例題:メリーゴーランドの観測者 音源と観測者の立場を入れ替えよう。周波数が最大、最小となる点は、メリーゴーランドに音源の場合と同じだが、値は少々異なる。 一定の角速度で反時計回りに回転するメリーゴーランド上の観測者 L が、固定音源(周波数 𝜈S)を観測しているときのドップラー効果を求めよ。観測者の速度の大きさは VL とする。 解答:音源 S から回転円に接線を引き、接点をそれぞれ P,Q とする。また、S と円の中心を結ぶ線上の点を M,N とする。 aVL(t) a=VL で一定、観測者の進行方向と波の進行方向との方向のなす角度 𝜃(t) は点 Q 𝜋 、点 N𝜋
2
、点 P0、点 M で再び 𝜋
2
となるので、
𝜈L Max =𝜈LaQ=c+VL
c
𝜈S
𝜈L Min=𝜈LaP=c-VL
c
𝜈S
L の時間に沿った移動を点 M から追っていくと、点 M で受け取られる音波は音源の周波数 𝜈S で、移動につれて増加し、点 Q で最大、そこから減少して点 N𝜈S に戻り、さらに減少を続けて、点 P で最小、そこから増加に転じ、点 M𝜈S に戻るといったサイクルを繰り返すことになる。
音源の式から求める方法
時刻 ta に観測者の受け取る波を考えたい。音源移動の場合と同じように、音源を表す式A(t′)=Asin(-2𝜋𝜈St′)と、音源と観測者の距離を r(t) として、観測者が波を受け取る時刻 tt′ の関係t=t′+r(t)
c
から導出する。今度は rt の関数となることに注意。単純に代入して、A(t)=sin(-2𝜋𝜈S(t-r(t)
c
))
が求める解となるが、やはり sin の中身は t の一次項とは限らないため、周波数についてはよくわからない。 観測者が時刻 t=ta 付近に受け取った波の挙動を知りたいので、 r(t) を一次近似して、r(t)r(ta)+dr
dt
ata(t-ta)
t の式へ代入することで、t についても、tt′+r(ta)+dr
dt
ata(t-ta)
c
と近似することができる。 t′ について解いて、t′(c-dr
dt
ata)t-r(ta)+dr
dt
atata
c
音源の式に代入して、
A(t)=Asin(-2𝜋c-dr
dt
ata
c
𝜈St+2𝜋𝜈Sr(ta)-dr
dt
atata
c
)
=Asin(-2𝜋c-dr
dt
ata
c
𝜈St+𝛼)
よって、時刻 ta に受け取る波のドップラー効果は、𝜈L=c-dr
dt
ata
c
𝜈S
で与えられる。 この近似が成り立つ範囲は、r(t) が一次近似できる、ごく短い時間において成り立つ。 t=ta 付近で受け取られた波の近似としてはこれで十分である。
3. 音源、観測者ともに移動する場合
音源、観測者それぞれが単体で媒質に対して動く場合について理解できたので、音源、観測者ともに移動する場合にも、この考え方を組み合わせてやればよい。原理的には以下の手順で求めることができる。 観測者が波を受け取る時刻を ta、対応して音源が波を発した時刻を t′a とする。 I. 観測者の位置 rL(ta) における波面の進行方向の単位ベクトル n(ta) を求める。音源はすでに元の場所から移動しているため、観測者付近の波面を観察し、これに垂直な方向をとればよい。 II. n(ta) と逆方向に直線を伸ばし、rS(t) の軌跡との交点を探す。交点が複数ある場合は、ta-t=| rL(ta)-rS(t) |
c
を満たすものが t=t′a , rS(t′a) となる。 III. 位置 rL(ta) で媒質に対して静止する観測者 M の観測する周波数 𝜈M は、𝜈M=c
c-VS(t′a)n(t′a)
𝜈S
となるので、観測者の観測する周波数 𝜈L は、
𝜈L=c-VL(ta)n(ta)
c
𝜈M
=c-VL(ta)n(ta)
c-VS(t′a)n(t′a)
𝜈S
で与えられる。 実際に具体的な問題を解くにあたっては、対応する音源の位置 rS(t′a) の算出が大変で、思うようにいかないことが多いだろうが、それはドップラー効果とはまた別のところに難しさがあるためである。
結論:2 次元のドップラー効果は、波の進行方向についての 1 次元ドップラー効果に還元できる。
実は音波についてのドップラー効果は、大学ではついぞ出くわすことがなかった。ということは高校・予備校で習うことが全てで、もう習う機会はないということになる。大学へ進む前に、その本質をしっかりと理解しておいてほしい。
余談:瞬時周波数
観測者が移動する場合で、「音源が移動する場合のドップラー効果の導出とは異なり、周期の伸縮を計算するのに、波の速度として時刻 t の瞬間の値だけを用いたということは、極限、瞬間的な周波数を求めているということになり・・」と説明したが、少しばかりあいまいだったので、補足しておきたい。 そのためには、周波数とはなんであったかをもう一度、考え直してみる必要がある。波が単位時間に 𝜈 回振動するとき、その周波数は 𝜈 であると定義した。正弦波 sin(-2𝜋𝜈t) において、微小時間 𝛥t に位相は -2𝜋𝜈𝛥t だけ進む。位相の変化と、経過した微小時間にはリニアな関係があり、その係数として、周波数 𝜈 を定義することもできる。 同じ考え方を、位相が一般の関数 sin(-2𝜋Z(t)) に適用してみよう。 時刻 ta に、微小時間 𝛥t だけ経過したときの位相の変化分は、-2𝜋𝛥Z=-2𝜋dZ
dt
ata𝛥t
となるので、この dZ
dt
ata
が周波数の役割を果たしていると考えることができる。これを瞬時周波数と呼ぶ。
この定義を使うと、観測者が移動する場合のドップラー効果は、近似無しで直接求めることができる。観測者が移動する場合の、観測者が受け取る波の一般解は、A(t)=sin(-2𝜋𝜈S(t-r(t)
c
))
だったので、瞬時周波数は
dZ
dt
ata
=d
dt
(t-r(t)
c
)ata
=c-dr
dt
ata
c
となり、ドップラー効果の式が、r(t) について一次近似することなしに導き出せた。この意味で、本文中、「極限、瞬間的な周波数」という表現を用いたのであった。 一方で、音源が移動する場合は、受け取る波の一般解を簡単には求められないため、r(t′) (こちらの変数は t′)を一次近似する必要があった。そうは言っても、瞬時周波数の定義自体が、𝛥t2 次の微小量を無視する近似をしていると考えることもできるので、音源が移動する場合のドップラー効果についても、その時刻における周波数と考えて問題ない。以上、余談でした。

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