坂間先生のこと
   ━━ 恩師と仰ぐ方


もう、十年以上前になるだろうか。三月の終わりごろ、奥多摩は御岳山に登った帰り、青梅線の電車でウトウトしていると、若い連中が四、五人乗り込んできた。ローカル線のボックスシートの方には進まず、ドアを入ってすぐのところに陣取って、立ち話に夢中になっている。聞くともなしに耳を傾けていると、どうやら皆さん、この春に大学受験が無事終ったらしい。 ヨカッタネ。 彼らは口々に予備校の講師の品定めを始めた。誰それのは役に立たない、誰のは面白くなかった云々。講師を呼び捨てにするのは僕らの頃と変わらないな・・・と微笑ましく聞いていると、 「そういえば、物理はもう山本(先生)しか駿台にはいないんだよな」。 えっ? まさか・・・ 「坂間って人(ではなく、坂間先生)が何年か前まで横浜校で教えていたんだけど、  亡くなったんだって」 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ うちの高校は進学校だったが、毎年、半数近くが浪人する進学校だった。そのため、高校の頃から、駿台には物理に坂間先生というすごい先生がいるが、とても高校生に太刀打ちできるレベルではないという噂をかねがね聞かされていた。 ──人呼んで、「坂間の物理」。 そうして、ご多分に漏れず、僕も浪人が決まり、予備校に通い始めた四月の初旬、ぎっしり満席の、 2-300人は入ろうかという大教室で、少し緊張した面持ちで待っていると、最初の授業に坂間先生は白衣を着て登場した。それがいつものスタイルだと分かるのはもうしばらく後のこと。 チョークの箱から真新しい白墨を一本取り出すと、おもむろに、少し甲高い声で 「授業中、ノートを取ってはならない」。 「!?」 ざわめく教室。 こうして、「坂間の物理」が始まった。 授業は圧巻だった。テキストに載っている問題は大学入試の過去問だったように思うが、設問の順番はお構いなし。ただ、先生の物理に則って問題をバリバリ解いていく。そのエネルギッシュさというか、圧倒的な熱量に、「なんだ、これは? 高校で物理習ったけど、全然違うぞ!」と、いつの間にか惹き込まれ、身を乗り出していた。 そうは言っても、聴衆は、この春に浪人が決まったばかりのホヤホヤの浪人生。みんな尻込みして、冗談だろうと勝手に決めつけ、ノートを取る手を休めることはなかった。 でも、この言葉には続きがあって、 「うちで今日やったことを再現してみな」。 僕は先生のこの言葉を真に受けてみようと思った。 それから月曜の朝二コマが、浪人生の灰色っぽい一週間の、唯一の楽しみとなるのにそう時間はかからなかった。うちに帰ると、最初から最後まで通して、板書だけでなく、先生の身振り手振り、話したこと、まるごと思い出しながらノートにまとめてみる。どうしても思い出せない部分は翌日、同じ学校から浪人した仲間に教えてもらう。 やってみると分かるが、内容だけ、つまり板書だけを思い出そうとするよりも、全体を思い出そうとする方がうまくいくのである。 数学というものは抽象化だと思っていて、その理論が完成したら、梯子は外してしまった方がエレガントだと信じていたが、これはその逆の作業。泥臭いと言わば言え。今はこれが必要なのだ、と続けるうち、気がつけば物理が一番好きな科目になっていた。 今でも、黒板にチョークをカッと打ち付けて、こちらを振り向き、 「質点ありき」 と仰る先生の姿が目に浮かぶ。それから肘を器用に使って、黒板にきれいで正確な円を描く様も。「証明は一度だけ行えばよい、あとはどんどん使うこったよ」という言葉もあったな。 浪人の一年は結構あっという間に過ぎ、受験本番直前の、先生の最後の授業ももう終わろうかというとき、これまでで初めて、プリントが配られた。そんなことはかつてなかったので、興味津々で前の方の席から順に送られてきた紙を見てみると、それは「ファインマン物理学」という大学の教科書からの抜粋とのことだった。 もらったのは確か、日本語版だったように思うが、今では著作権が終了し、遺族の方、ファインマンが教鞭をとっていたカルテク大関係者の方々の厚意で、原著がネットで一般公開されているので、その部分を引用しよう。
Classical Physics Maxwell's equations I. E=𝜌
𝜖0
  (Flux of E through a closed surface)
=(Charge inside)/𝜖0 II. ×E=-B
∂t
  (Line integral of E around a loop)
     =-d
dt
(Flux of B through the loop)
III. B=0 (Flux of B through a closed surface)=0 IV. c2×B=j
𝜖0
+E
∂t
         c2(Integral of B around a loop) =(Current through the loop)/𝜖0 +d
dt
(Flux of E through the loop)
Conservation of charge j=-∂𝜌
∂t
(Flux of current through a closed surface)
=-d
dt
(Charge inside)
Focrce law F=q(E+v×B) Low of motion d
dt
(p)=F, where p=mv
1-v2/c2
(Newton's law, with Einstein's modification) Gravitation F=-Gm1m2
r2
er
https://www.feynmanlectures.caltech.edu より引用 左の数式が微分型で、右のかっこ書きが積分型。電磁気学の話はしていないから内容の説明はしないけれど、 積分型に含まれる時間の微分は、偏微分ではなくて微分。誤植ではない。空間成分については積分されているため、Flux の変数は時間 t のみだから。 坂間先生は、「左に何か、呪文が書いてあるが、それは大学へ行ってやんな。これが、この一年でやった古典物理学の全てなんだよ! あともう一つ」と仰り、黒板に一つだけ数式をつけ足した。1
2
mv2=3
2
kT
この一年で物理の問題は数百題解いてきたが、すべてはここに集約されるのか !! なんとカッコイイ。しかも、「呪文」がまた素敵!まだ受験が終ってもいないのに、大学での講義が楽しみでならなくなった。 当時は国公立大学の入試から合格発表まで、二週間ほどあり、その間に、駿台では受験の終った予備校生達へのプレゼントということで、坂間先生の特別講義が用意されていた。内容は高校物理の範囲外の特殊相対性理論。正課の講義は席が指定制だったが、これは自由席ということで、一緒に浪人した友人と、結構早くから並んで、演壇の一番前に陣取った。今はどうか分からないが、当時はみんな真面目だった。「受験が終ったら無料だとはいっても、みんな、どっかへ遊びに行っちゃうんじゃないの~」などと、友人と軽口をたたいていたが、満席となった。やっぱり坂間先生は人気がある。先生は講義のプリントも用意してくれていて、熱い講義が展開された。本当に楽しかった。 おかげでその年、何とか東大にも合格でき、さらには大学院まで進むこともできた。合格発表を見に行ったその足で、受験前の最終講義に先生から頂いた、あのプリントが載っている「ファインマン物理学 第Ⅲ巻」(日本語版)を八重洲ブックセンターで早速手に入れ、小脇に抱えながら嬉々として家路についたことも懐かしく思い出される(あの頃は原著と同じ、赤色のハードカバーだった)。 今考えると、自分にとってのターニングポイントは予備校時代の坂間先生との出会いであったのは間違いない。授業中、何度も目からウロコの衝撃を受け、先生には、物理とは如何なる学問であるかということについて、本当の意味での手ほどきをしていただけたと、心から感謝している。そして、それ以上に大切なことは、坂間先生こそは、その講義を通して感じた情熱から、生まれて初めて「大人って、カッコイイ!」と僕に思わせてくれた方だった、ということだ。 その年の駿台から発行の合格者の声には、坂間先生を絶賛する投稿を載せたものの、悔やむべきは直接お礼に伺わなかったこと。毎年、駿台から数百人以上が東大に合格したなかで、自分はその中の一人に過ぎないと思い、尻込みしてしまった。 マス教育の中で、先生と一対一の思い出は、一つだけ。先生が校舎の廊下でたむろする僕らの前を通り過ぎる際、 「君か」。──「はい」 先生は授業中、ノートを取らないで前の方をじっと見つめている自分のことを、ちゃんと覚えていてくださったんだ。 坂間先生、本当にありがとうございました。そして心よりご冥福をお祈り申し上げます。 坂間先生への感謝とオマージュを込めて、浪人時代、先生の講義で最も感銘を受けた、運動方程式と、運動量保存則、エネルギー保存則、角運動量保存則の関係を説明すべく、「微積物理」のコーナーを用意しました。 先生はいつも、法則と現象論を明確に区別できるように説明をしてくれた。おかげで、幹と枝葉の見分けがつくようになり、物理とは百科事典のような単なる事象の羅列ではなく、ガウディのサグラダ・ファミリアや、アクロポリスにある大理石の神殿群のような、壮大な建築物なのだということを知ることができた。そのことを少しでもお伝えできたらと思います。 できるだけ敷居を下げるため、道具である微分・積分の基礎から順を追って書いてみました。

< previous |
| next >