1-form
   ━━ 双対ベクトル


接空間 TPM はベクトル空間なので、必然的にその双対空間というものが存在する。話を進める前に線形代数でやった「双対」についてさらっと復習しておこう。
双対:線形代数の簡単な復習
ベクトル空間 V には双対空間 V* が存在する。それはベクトルに作用して数(スカラー)R を与える線形写像の集合からなる空間である。 ベクトル空間 V の次元を nV 上の線形写像を 𝜑(V) とすると、V,WV, a,bR として 𝜑(aV+bW)=a𝜑(V)+b𝜑(W)より V の基底を {ei}として 𝜑(V)a
𝜑(V)=𝜑(Viei)=Vi𝜑(ei)
と展開できるので、前もって定数の組 {𝜑1,...,𝜑n}𝜑(ei)=𝜑iと求めておけば、任意のベクトル V に対し、𝜑(V)=Vi𝜑iと「内積」の形で 𝜑(V) が表現できる。これは何を意味するかというと、具体的な形は知らなくても、ある関数の組 {𝜔1,...,𝜔n} で、𝜔j(ei)=𝛿jiを満たすものが存在し、この組を用いて、任意の線形関数 𝜑{𝜑i} を定数として 𝜑=𝜑i𝜔iと、関数の組 {𝜔i}で展開できると言うことを意味している。𝜔i が関数であることを強調するため、関数は上には (チルダ)をつけることにしよう。𝜑=𝜑i 𝜔iすると、 線形写像 𝜑,𝜇 についても a,bR として(a 𝜑+b 𝜇)(V)=(a𝜑i+b𝜇i)Viとなるので、線形写像全体からなる集合も、ベクトル空間となることが分かる。この空間を双対ベクトル空間 V* , 𝜔i を( ei に対する)双対基底と呼ぶ。 ベクトル空間 V の元 V と双対ベクトル空間 V* の元 𝜑 との間の「内積」を、𝜑(V)=<𝜑,V> 𝜑iViと書くことにする。この「内積」はベクトル空間 V の元 V,W 間の内積 VW ではないことに注意。計量が定義されておらず、ベクトル空間内で内積が定まらなくても、<𝜑,V> は(そもそもベクトルとその線形写像の関係だったので)定義できる。 さらに、ベクトル間の内積 VW が定義できる計量空間においては面白い見方ができる。 𝜑 は関数であったが、ベクトル空間 V の座標基底 {e1,...,en} に対し、あるベクトルの集合 {e1,...,en} で、ejei=𝛿jiを満たすような集合は必ず存在する( n 次元空間では e1 以外の基底の張る n-1 次元超平面には法線方向が一つ存在し、その法線ベクトル n1 のうち、e1n1=1 を満たすような n1e1 とすればよい、以下同様)。 これを基底とするベクトル𝜑=𝜑j ejを考えると、
𝜑V=𝜑j ejViei
=𝜑iVi
=𝜑(V)
となり、任意の線形写像はベクトルで表現できる。ベクトルはベクトルであると同時に内積 " " を通して自身への線形写像でもある。すなわち、同じ「幾何学的実在」をベクトル V としてみることも、双対ベクトル V としてみることも可能である。V=Viei=Vj ej=V従って、計量空間では、ベクトルと線形写像を、ベクトル空間 V と双対空間 V* をそれぞれ同一視することができる。 物理における双対の例として、以下を挙げておこう(いづれもフーリエ変換による)。 ex.1 】実空間(ベクトル空間)における平面波と、 k 空間(双対空間)実空間の位置ベクトル rk 空間の波数(双対)ベクトル k 間の内積<k,r> =const.は等位相面を与える。また、変位ベクトル Δr と波数(双対)ベクトル k で内積をとると、<k,Δr>Δr 間にある 2𝜋×(波面の数)となり、これが波数ベクトルの名前の由来と思われる。 ex.2 】実空間(ベクトル空間)における結晶格子と、逆格子(双対空間)実空間の格子ベクトル R と逆格子(双対)ベクトル G 間の内積<G,R> =2m𝜋m を整数として、回折条件(全ての格子点からの散乱波が同位相となる)を与える。詳しくは固体物理の教科書を参照してほしい。 ほとんど全ての教科書で k, G ではなく、k, G と書かれているのは実空間に内積 " " が定義されていて実空間と双対空間を同一視しているから。ここでは双対性を前面に出してあえてこのように書き表してみた。 接空間 TPM の話に戻ると、こちらもベクトル空間であるからには、その双対となる線形写像のベクトル空間が存在するはずで、それを余接空間 T*PM と呼び、その元を 1-form と言う。その基底、元を考えよう。 接ベクトルバンドルと同様、超曲面 M 上の各点 P の余接空間 T*PM すべて集めたもの T*pM を余接バンドル、各点 P𝜑|P が定義できるとき 𝜑1-form の場と呼ぶ。
方向微分を別の視点から考える
ここまでは方向微分を考える際、曲線、及び接ベクトルを固定し、関数をその変数df
ds
V(f)=Vf
と考えたが、関数側を固定し、曲線を変えて、接ベクトルを変数とする見方もできる。差し当たりベクトルを与えると「 f の方向微分を返す写像」を df と書くことにすると(記号をこのように書く理由はすぐに明らかになる)df
ds
df(V)=∂f
∂ui
Vi
これが線形写像であることは V,WTpM, a,bR として
df(aV+bW)=∂f
∂ui
(aVi+bWi)
=a df(V)+b df(W)
から明らか。ならば、写像 df は双対空間 T*PM の元であり、その基底で展開できるので、ベクトル空間 TPM の座標基底 {
∂ui
}
に対応する双対基底を探そう。
関数として、その点の uj 成分を返す関数 f(ui)=uj(u1,...,un) を考えると、
duj(V)=duj(Vi
∂ui
)
=∂uj
∂ui
Vi=𝛿jiVi
=Vj
となることから、duj はベクトルの座標基底と双対基底の関係duj(
∂xi
)=𝛿ji
を満たす。すなわち、ベクトルの座標基底 {
∂x1
,...,
∂xn
}
に対応する写像の双対基底は {du1,...,dun} となることが分かる。
この直交性は、duj の成分を切り出すことに利用できる。f の方向微分を返す写像」 df に戻ると、基底 duj の成分は、ベクトルの引数としてベクトルの基底
∂uj
=𝛿ij
∂ui
をとることにより、
a
df(
∂uj
)
=df(𝛿ij
∂ui
)
=∂f
∂ui
𝛿ij=∂f
∂uj
となるので、 V を引数に取り、「f の方向微分を返す写像」は、df=∂f
∂uj
duj
と表せる。 ここで、V を微小変位ベクトル dududui
∂ui
とすると、du に対する f の増分 df は、
df=df(du)
=∂f
∂ui
dui
と、解析でおなじみの全微分の式が導き出されてくる。f の方向微分を返す写像」を「差し当たり」df と書いたのはこの対応付けが直感的で分かりやすいことによる。 繰り返しとなるが、dui は微小変位ベクトルの成分、duiT*PM の座標基底となる。 dui は微小量だが、dui は写像の基底なので、それ自体に大きさの概念はなく、微小変位ベクトルに作用した時に微小量を与えるものである。教科書によっては同じ記号 dui で表すことも多いが、混乱を避けるため、Schutz: "A First Course in General Relativity" に習い、基底は dui と記述することにする。
成分・基底の座標変換
座標変換を求めるにあたり、双対基底による成分の切り出しをここでも使おう。ui ' 系のベクトルの基底
∂uj '
を作用させることで、dfj ' 成分が求まる。
df(
∂uj '
)
=df(∂ui
∂uj '
∂ui
)
=∂f
∂ui
∂ui
∂uj '
∂f
∂uj '
最後の行は df(
∂uj '
)
の定義による。これより変換則は、
∂f
∂uj '
=∂ui
∂uj '
∂f
∂ui
となり、これも、∂f
∂uj '
chain rule 通りとなる。
ベクトルの成分の変換則Vj '=∂uj '
∂ui
Vi
とは添え字の配置が真逆で、∂uk
∂uj '
∂uj '
∂ui
=𝛿ki
となることから、grad の成分 (∂f
∂ui
)
はベクトルの成分変換則の逆行列をその変換行列とすることが分かる。
双対空間 T*PM の基底の変換則は再び∂uk
∂uj '
∂uj '
∂ui
=𝛿ki
に注意して、
df=∂f
∂ui
dui
=∂f
∂uk
𝛿ki dui
=∂f
∂uk
∂uk
∂uj '
∂uj '
∂ui
dui
∂f
∂uj '
duj '
とできるので、duj '=∂uj '
∂ui
dui
となる。ここでも変換則は、ベクトルの座標基底の変換則ej '=∂ui
∂uj '
ei (
∂uj '
=∂ui
∂uj '
∂ui
)
と逆行列の関係となっている。 f の方向微分を返す写像」だけでなく、余接空間 T*PM において成分がこの変換則を満たすものを、 1-form と定義する。f の方向微分を返す写像」と同様、 1-form は座標系によらず、「幾何学的実在」である。 ところで、余接空間 T*PM{dui} の張る空間であり、その元 𝜑 は成分を添え字が下付きの 𝜑i(P) として、一般にT*PM𝜑=𝜑i(P) duiと表せるが、 𝜑i(P) は必ずしも何かの関数の偏微分となるとは限らない。ではいかなる条件の時に𝜑=𝜑i dui=∂f
∂ui
dui=df
と書けるのだろうか?ここではその条件は「フロビニウス (Frobenius) の積分可能条件」と呼ばれているとだけお伝えしておこう。
1-form の幾何学的描像
余接空間 T*PM はベクトル空間の性質を満たしていたが、その元 1-form を通常のベクトルのように矢印のイメージで考えるよりも、積み重ねられたシートと考えた方が分かりやすい。 f の方向微分を返す写像」df の「幾何学的実在」としてのイメージは、超曲面 M2 次元曲面ならば等 f 線、3 次元曲面ならば等 f 面に近いが、各点 P における余接空間 T*PM での話なので、その点における f の最大変化率に比例した密度で均等に並ぶ、M2 次元曲面ならば線、3 次元曲面ならば面で、その法線が最大傾斜方向を向くものとしてみよう。 接ベクトルとあわせて図示すると、 df は線の粗密が変化率の小大を表し、最大傾斜方向はその法線方向となっている。 こうしておくとベクトルとの「内積」<df,V> は、関数の最大変化率に応じて積み重なった線(もしくは面)をベクトルが貫く本数(枚数)に対応することなり、直感的に分かりやすい。 図では V|PV|Q は同じような大きさのベクトルだが、df の粗密もあるが、その法線方向とベクトルの向きの違いの影響から点 P の方が <df,V> (の絶対値)は大きくなることが分かる。 「方向微分を返す写像」df 以外の任意の 𝜔 に対しても、 1-form はこのように積み重ねられたシートのイメージを持つのがよいだろう。 1-form はベクトルを引数に取る、線形写像だった。ベクトル、さらには 1-form を複数引数に取り、数(スカラー)を与える多重線形写像も考えることができ、これも座標系によらないことが予想できる。それらはテンソルと呼ばれる。

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