Topics: はね返り係数
  ━━ 運動量はいつでも保存する


本チャプターでは物体間の衝突において、運動量の和は常に保存するが、運動エネルギーの和は必ずしも保存しないことを示す。
はね返り定数 ━━ 現象論
一次元の場合: 物体 1,2 を正面衝突させ、一次元での衝突実験を行う。物体の形状起因を除くため、完全な球体で、かつ表面は滑らかで摩擦は働かないものとする。何度も繰り返してみると、どうやら初期条件が同じならば結果には再現性があるらしい。さらに、衝突前の、物体 2 に対する物体 1 の相対速度 v1-v2 に対し、衝突後の相対速度 v'1-v'2 をプロットしてみると、リニアな関係があることが現象論、実験の結果として分かった。 比例定数を e として、||v'1-v'2||=e||v1-v2||比例定数 e は、物体の組み合わせに依存して決まるが、衝突前の相対速度の大きさにはよらない。この定数をはね返り係数という。 物体 2 から見ると、衝突前は物体1 が近づいてきて、衝突後は遠ざかるので、相対速度の符号は反転する。v'1-v'2=-e(v1-v2) e のとりうる範囲を考えると、通常の衝突では衝突後の相対速度が衝突前を上回ることはないことから、上限は 1 となり、下限は、衝突後に物体 1,2 が一体となってしまう場合で 0 となる。0e1 硬い物体ほど、はね返り係数は 1 に近くなり、象牙でできたビリヤードの球同士では 0.95 ほどにもなるそうだ(回転しない場合)。力学で出てくる剛体は、硬く、変形しないものとして理想化された物体なので、はね返り係数は 1 として扱う。また、気体の分子運動論における、理想気体の分子間、分子と壁のはね返り係数も、1 となる。 一次元を離れて一般の場合: ここで忘れてはならないのは、運動量保存則。力学の基本法則となるので、外力が働かないならば、e の値によらず、衝突の前後で成立する。運動量保存則の幾何学的な特徴の図を思い出そう。 ここでは相対速度ベクトル v1-v2, v'1-v'2 と、両者を含む平面 P を追加している。 各粒子の速度変化 Δv1, Δv2 は力積の方向と平行だった。従って、相対速度ベクトルは力積に平行な成分と、垂直な成分に分解できる。基底ベクトルを u ,u , 成分を (v1-v2), (v1-v2) 等として(u の方向は、Δv2 の方向とした)、
v1-v2= (v1-v2) u+ (v1-v2) u
v'1-v'2 =(v'1-v'2) u+ (v'1-v'2) u
u 方向の成分は、そもそも力が働かないので、変化しないだろう。(v'1-v'2)= (v1-v2)u 方向の成分は、はね返り係数によるだろう。||(v'1-v'2)||=e ||(v1-v2)|| この考察は実験結果とよく合うことが確認されている。 平面 P を図示すると、以下のようになる。 運動量保存則によると、二体間の衝突は、衝突後の一方の運動量が決まれば、それに応じて他方が決まるということだった(運動量保存則の幾何学的な特徴)。はね返り係数の情報が加わると、より条件は緩和されて、衝突後の一方の進行方向が分かれば、その大きさ及び他方の速度ベクトルも決定することができる。 しかし、具体的な計算に取り掛かろうとすると、 ux ,uy ,uz 方向と、u ,u 方向は異なるので、なかなか一筋縄ではいかない、そんな予感がするだろう。 ではどうするか?計算に入る前に、座標系をどう取るかをよく検討することである。運動量保存則はじめ、力学の法則が成立する舞台は慣性系であることが要求されていた。逆に言えば、これを満たす、一番都合の良い座標系を選んでやればよい。 答えは次のセクションでお話するが、先に進む前にちょっと考えてみてほしい。u が自動的に定まるような座標系を取ることができれば、それが一番望ましい。
二体間の衝突問題
物体 1,2 の質量をそれぞれ m1,m2 、両者間のはね返り係数を e として衝突問題をもう一度考えよう。 座標系は、それが慣性系である限り、自由にとれるから、衝突前に m2 が静止しているように見えるような系をとろう。各軸の方向としては、その系から見て、衝突後に m2 の進んでいく方向に X 軸、m1 の入射する方向と X 軸の張る平面内に Y 軸をとるのがベスト。こう選んでやれば、力積の方向は、 m2 の進んでいく方向、X 軸となる。また、運動量保存則から、衝突後の m1 の速度ベクトルも、Z 成分を持たない。 粒子の衝突実験では、標的となる静止粒子に他方の粒子を加速して衝突させることが多いため、このような系を実験室系と呼ぶ。 図のように、m1,m2 の衝突前後の速度ベクトルの大きさをそれぞれ v1,0,v'1,v'2, 衝突後の入射方向に対する角度を 𝛼, 𝛽 として X,Y 方向の運動量保存則を書き下すと、a
m1v1cos𝛽=m1v'1cos(𝛼+𝛽)+m2v'2
m1v1sin𝛽=m1v'1sin(𝛼+𝛽)
となる。m2 の受ける力積は、静止状態から 𝛽 方向に速度が変化することから、明らかに X 方向、m1 の受ける力積は作用反作用の法則から -X 方向となる。したがって、相対速度の X 成分に対し、跳ね返り係数の定義から、v'1cos(𝛼+𝛽)-v'2=-e(v1cos𝛽-0) 以下、 v1,𝛽v1',v2',𝛼 を表すことが目標となる。 (1-A),(2) から v'1cos(𝛼+𝛽) を消去すると
m1v1cos𝛽=m1(-e v1cos𝛽+v'2)+m2v'2
v'2 =(1+e)m1
m1+m2
v1cos𝛽
これを(2)へ再代入して
v'1cos(𝛼+𝛽)=-ev1cos𝛽+(1+e)m1
m1+m2
v1cos𝛽
=m1-e m2
m1+m2
v1cos𝛽
(1-B)と(3)を合わせて
v'1=((m1-e m2
m1+m2
v1cos𝛽)2+v21sin2𝛽)1/2
=v1(1-cos2𝛽(1-(m1-e m2
m1+m2
)2))1/2
(1-B)と(3)の比をとってtan(𝛼+𝛽)=m1+m2
m1-e m2
tan𝛽
こうして、v1,𝛽v1',v2',𝛼 を表すことができた。初期条件に加えて、はね返り係数の情報があると、衝突後の一方の進行方向 𝛽 が分かれば、全てが決まることが分かった。 速度空間で幾何学的特徴を確認しよう。以下の手順で作図してやればよい。 1. v1 (OA)m1:m2 に分割する点を G とする。OG が重心の速度 vG=m1v1
m1+m2
となる。
2. O を通り、 𝛽 方向に vX 軸、使うことはないが、直交する方向に vY 軸をとる。3. G を通る vX 軸への垂線を補助線 p として引く。 vX 軸との交点を H とする。 OH=m1
m1+m2
v1cos𝛽
に注意して、4. OH:HB=1:e となる点 B をとると、OBv'2 となる。5. A を通り、vX 軸に平行な補助線 q を引く。次のセクションのために、補助線 p との交点を I とする。6. 補助線 qBG の延長との交点を C とすると、OCv'1 になる。 三角形の相似から、OH:HB=AI:IC=1:e速度空間の図においては、はね返り係数 e はこの比率として現れることになる。
衝突で運動エネルギーの和は保存するとは限らない
衝突する物体の組み合わせを変えることで、e は異なる値をとる。 OH:HJ=1:1 となる点を JJG を延長して補助線 q との交点を K としよう。e0 から 1 と変化するのに応じて、v'2 の終点は H から J に変化し、対応して v'1 の終点は I から K に変化する。 今度は相対速度ベクトルに着目しよう。 v2=0 なので、OA は衝突前の m1 の速度ベクトル v1 であると同時に、相対速度ベクトル v1-v2 でもある。衝突後の相対速度ベクトル v'1-v'2BC図から明らかに、HI BCJK=OAだから、||v'1-v'2||||v1-v2||が成り立つ。等号は e=1 のときに限る。 ここで、このすぐ後で証明する恒等式を使おう。1
2
m1v21+1
2
m2v22=1
2
(m1+m2)v2G+1
2
m1m2
m1+m2
(v1-v2)2
恒等式とは数式の変形であって、前提条件なしに常に成立するもの。そして、それは新しい見方を与えてくれる。 衝突前:v2=0 だが、相対速度ベクトルに着目しているのであえて残しておくと、1
2
m1v21+1
2
m2v22=1
2
(m1+m2)v2G+1
2
m1m2
m1+m2
(v1-v2)2
衝突後:全ての速度に、 ' (ダッシュ)をつければよい。衝突の前後で vG は不変なことから、
1
2
m1v'21+1
2
m2v'22
=1
2
(m1+m2)v2G+1
2
m1m2
m1+m2
(v'1-v'2)2
両者を比較すると、 vG についての第一項は等しく、運動エネルギーの和の大小は相対速度の大きさの大小と一致する。よって、1
2
m1v'21+1
2
m2v'221
2
m1v21+1
2
m2v22
運動エネルギーの総和は一般に、衝突の前後で保存せず、減少する。保存するのは e=1 の場合のみで、これを弾性衝突と呼ぶ。 運動エネルギーの減ってしまった分は、物体の温度上昇、変形など内部エネルギーの増加や、衝突時に発生する音や光など、他のエネルギーに転化する。もしもそれら全てを含めた全エネルギーを数え上げることができれば、その和は保存する。 実験室系では v2=0 だったが、この不等式は他の慣性系でも成り立つことに注意。もちろん、どの座標系から観測するかにより、運動エネルギーの大きさは変わるが、その変化分は、その系における vG 、すなわち第一項の変化分に吸収され、どの系においても衝突の前後で不変、第二項は系の取り方によらず不変で衝突前後の大小関係は変わらないためである。
衝突の前後で、 運動量の和は保存するが、 運動エネルギーの和は必ずしも保存しない。 全てのエネルギーを数え上げれば、その和は保存する。
【恒等式の証明】一般の v1,v2 に対して、重心の速度ベクトルは、 vGd
dt
(m1r1+m2r2
m1+m2
) =m1v1+m2v2
m1+m2
と定義されることから、恒等式として、
v1=vG+m2
m1+m2
(v1-v2)
v2=vG-m1
m1+m2
(v1-v2)
のように、それぞれの速度ベクトルを、重心の速度ベクトルと相対速度ベクトル(の定数倍)で表すことができる。 各々の運動エネルギーは、
1
2
m1v21
=1
2
m1(vG+m2
m1+m2
(v1-v2))2
=1
2
m1(v2G+2vGm2
m1+m2
(v1-v2)+(m2
m1+m2
(v1-v2))2)
1
2
m2v22
=1
2
m2(vG-m1
m1+m2
(v1-v2))2
=1
2
m2(v2G-2vGm1
m1+m2
(v1-v2)+(m1
m1+m2
(v1-v2))2)
和をとれば
1
2
m1v21+1
2
m2v22
=1
2
(m1+m2)v2G+1
2
m1m2
m1+m2
(v1-v2)2
二粒子系の運動エネルギーは、重心についての運動エネルギーと、相対運動についての運動エネルギーに分割することができる。
壁との衝突
最後に、ここまで考えてきた二体間の衝突と、物体の壁への衝突との関係を明らかにしておこう。 物体が滑らかな壁に衝突する場合:衝突前後の物体の速さをそれぞれ v,v', 入射角を 𝜃, 反射角を 𝜃', 壁と物体のはね返り係数を e とする。 これまでの考察と同じように、滑らかな壁から物体に働く力積は垂直方向となるので、 x 方向の相対速度:v'sin𝜃'-0=vsin𝜃-0 y 方向の相対速度:v'cos𝜃'-0=-e(-vcos𝜃-0) これより、
v'=(e2cos2𝜃+sin2𝜃)1/2 v
tan𝜃'=1
e
tan𝜃
となる。 That's all. ただ、このままではここまでやってきた二体間の衝突 ━━ 運動量は保存する ━━ との関係性がよくわからず、釈然としない。 そこで、滑らかな壁の特徴を改めて考えてみると、1. 物体が衝突しても動かないこと2. 物体へ働く力は常に鉛直方向(図の y 方向)であることである。 これを二体間の衝突において、物体 2 が壁の役割を演じるように再現したい。 詰まるところ、実験室の壁(床)とは地球のことだろうと思い至れば、1. 物体 2 が動かないために、質量 m2 2. 物体 1 の入射角によらず、力積の方向が常に鉛直方向となるために、物体 2 の半径 r2の極限をとってやればどうだろう? 力積の働く方向は鉛直方向だったので、ここでも二体間の衝突問題における座標系の取り方を採用すると、X-Y 軸、角度 𝛼,𝛽 は図のようになる。 二体間の衝突問題の計算結果について、それぞれ極限をとると、a
v'2 =(1+e)m1
m1+m2
v1cos𝛽
=0
確かに物体 2 は動かない。物体 1 については、a
v'1=((m1-e m2
m1+m2
v1cos𝛽)2+v21sin2𝛽)1/2
=(e2cos2𝛽+sin2𝛽)1/2v1
tan(𝛼+𝛽)=m1+m2
m1-e m2
tan𝛽
=-1
e
tan𝛽
ここで、𝜃=𝛽, 𝜃'=𝜋-(𝛼+𝛽) だから、 v'1=(e2cos2𝜃+sin2𝜃)1/2 v1
tan(𝜋-𝜃')=-tan𝜃'=-1
e
tan𝜃
tan𝜃'=1
e
tan𝜃
壁との衝突の結果と一致する。 速度空間においても、極限をとることで各ベクトルがどう変化していくかを確認しておこう。各点の記号は、これまでと同様に割り振っている。 速度空間の図においては、はね返り係数 e は比率として現れた。OH:HB=AI:IC=1:e 極限をとることで、点 GOA 上を点 O に無限に近づいていくので、 G を通る、vX 軸への垂線 HIvY 軸と重なり、OO' となる。 よって、極限の結果はAO':O'C=1:e となり、これは、物体が壁に衝突する場合(衝突前後の、壁に垂直方向の速さの比は 1:e, 壁と平行な方向の速さは不変)と一致している。 一見、壁との衝突と、二体間の衝突は別物に思えたが、実は壁との衝突は二体間の衝突で、一方の質量と半径を とする特別な場合であることが分かった。物体のみを内界と考えると、運動量は(壁に垂直方向の向きが逆になるから当然)保存しないが、物体と壁を内界とすれば、全運動量は保存していた。 恥ずかしながら、高校時代、どの法則が根本的なものなのかよく理解できておらず、授業の途中で出てきたはね返り係数と、運動量保存則や、運動エネルギーとの関係がよく分からなかった。そんな昔の自分みたいな人のために、ここにまとめておきました。

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