Lagrange (ラグランジュ) 形式
   ━━ 最小作用の原理に直結


Lagrange 形式
ここまでの話の流れをまとめてみよう。 系の特徴を表す Lagrangian L が与えられたとき、始点、終点の位置を固定した L の時間積分を作用(積分)といい、これを停留値とするような経路が実際に系のとる運動である、とする最小作用の原理を出発点とし、これに変分法を用いて、偏微分方程式へと帰着させた。自由度 f の場合、 L(qi,,qi)に対する Euler-Lagrange 方程式∂L
∂qi
-d
dt
(∂L
qi
)=0 for i=1,,f
を特に Lagrange 方程式、この方程式を用いて力学系を扱う体系をLagrange 形式と呼ぶ。 これが現実に自然を記述しているかは実験によって検証されなければならないが、慣性系のデカルト座標における Lagrange 方程式が既に検証済みの Newton の運動方程式と一致するのを確認する、という手もある。慣性系として x-y-z 座標系をとり、ポテンシャル・エネルギー U(x,y,z) 中を運動する質量 m の質点の運動 (x(t),y(t),z(t)) を考える。Newton の運動方程式は、
m␒␒x=-∂U
∂x
m␒␒y=-∂U
∂y
m␒␒z=-∂U
∂z
となる。一方、一粒子系の場合、LT-U=1
2
m(x2+y2+z2)-U(x,y,z)
と選んでやると、
∂L
∂x
-d
dt
(∂L
x
)
=-∂U
∂x
-d
dt
(mx)
=-∂U
∂x
-m␒␒x =0
m␒␒x =-∂U
∂x
y,z についても同様。慣性系のデカルト座標において Lagrange 方程式は Newton の運動方程式と一致することが示された。 「わざわざ Lagrangian L を決めてやらねばならないし、それなら最初から Newton の運動方程式をたててやればいいんじゃないの? あえて Lagrange 形式を使う理由は何かあるの?」という疑問ももっともだが、それには 第一に、ものの見方が違うこと、第二に、Newton の運動方程式ではうまく慣性座標系が取れない場合があること、それに絡んで第三に、Lagrange 形式は座標変換の見通しが大変よくなるので、問題を解くときに一番便利な座標系を容易に選ぶことができること、第四に、Lagrange 形式は力学の範疇を超えて、場の理論に拡張でき、電磁気学、さらには量子力学でも成り立つこと、 を以って、その回答としよう。 第一の、ものの見方が違うことに関して:Newton の運動方程式では現在の位置、速度の情報が初期条件として与えられると、少し先の未来が分かる、という描像だった。それに対して、Lagrange 形式は、その背後にもう一つ原理が潜んでいる。変分法を用いて、結果的に偏微分方程式に帰着してはいるものの、境界条件として、始点と終点の時刻と位置を指定してやると、作用(積分)が最小値(停留値)をとるような経路が実際に物体のとる経路となる、とする立場である。光に対するフェルマーの原理と相まって、同じ自然観で世界を捉えることができる点が非常に美しい。 第二の Newton の運動方程式ではうまく慣性系が取れない場合の例については、次のセクションで紹介しよう。
Lagrange 形式の例題:一様な太さのU字管内の液体の運動
U字管内の液体の運動を考えよう。液体の全質量 M, 単位長さあたりの質量を 𝜇 とし、液体は粘性無し、管との摩擦は無視できるものとする。 座標系としては、管右側液面の、つり合いの位置からの変位 q を採用する。各点の管に沿った方向の速度は q だから、運動エネルギー T は、T=1
2
Mq2
ポテンシャル・エネルギー U は、つり合いの位置を基準点としてU=𝜇gq2となる(菅の左側つり合いの位置からの欠損部の質量 𝜇q が右側に移動したとして、垂直方向への移動距離は q だから)。
Lagrangian L は、L=T-U=1
2
Mq2-𝜇gq2
Lagrange 方程式は
∂L
∂q
-d
dt
(∂L
q
)
=-2𝜇gq-d
dt
(Mq )=0
M␒␒q=-2𝜇gq
よって液体の運動は、 𝜔=2𝜇g
M
の単振動となる。
特に問題もなく、解答が得られたが、Newton の運動方程式に従って考えるとどうだろう?まず、慣性座標系を設定しなければならないが、管に沿った曲がった座標系を考えるのか?それはデカルト直交座標系ではないので、加速度の計算はさぞや大変だろう。直交座標系で考えたとしても、液体の進む方向が変化するので、これも簡単には Newton の運動方程式は立てられそうもない。正攻法ではちょっとどうしてよいか分からない。 Newton 力学の範疇でやる場合はこうやる。同じ議論から、エネルギー保存則を書き下す。1
2
Mq2+𝜇gq2=E=Const.
両辺を時間微分すると、
Mqdq
dt
+2𝜇gqdq
dt
=0
q(M␒␒q+2𝜇gq)=0
M␒␒q=-2𝜇gq
ちょっとずるいかもしれないが、エネルギー積分を逆にたどって q に関する方程式を得た。 以上、Lagrange 形式 第二の利点:Newton の運動方程式でうまく慣性座標系が取れない場合でも対応ができる例でした。 Lagrange 形式 第三の利点:座標変換の見通しが大変よくなることについてはセクションを改めてお話します。
座標変換と Lagrange 形式の共変性
曲線や曲面の極大、極小は座標系を変えてもその位置は変わらない。それは曲線や曲面に固有の幾何学的な量だから。幾何光学に関するフェルマーの原理を思い出そう。屈折率が一様な場合、時間を最小にする、とは経路を最短とする、ということに他ならない。この場合も、座標系を変えても最短経路は変わらない。経路長は経路に固有な量だから。 作用積分も、経路に固有な量なので、座標系を変えても停留値をとる経路は変わらない。直観的に分かりずらいかもしれないが、経路 C 上の各点における Lagrangian L(qi(t),,qi(t)) qi,,qi を介して t の関数だとみれば、その時間積分は座標変換によらないことは明らかだろう。 座標系 {qi} から {Qj} への座標変換を、自由度 f としてQj=Qj(q1,,qf)とする。逆方向にも変換できて、qi=qi(Q1,,Qf)とする。 {qi}{Qj} で置き換えることにより、Lagrangian L(q1,,qf)L(Q1,,Qf)同一の経路 C# (qi(t),,qi(t)) C# (Qi(t),,Qi(t)) と表すことができる。 {qi} 系において、経路 C# (qi(t),,qi(t))I[q]= L(q1(t), q2(t), ,qf(t), q1(t), q2(t), ,qf(t)) dtで停留値をとることと、経路 C# (qi(t),,qi(t))∂L
∂qi
-d
dt
(∂L
qi
)=0 for i=1,,f
を満たすことは同値だった。 {Qj} 系において、経路 C# (Qi(t),,Qi(t))I[q]= L(Q1(t), Q2(t), ,Qf(t), Q1(t), Q2(t), ,Qf(t)) dtで停留値をとることは、式の形が同一だから、やはり部分積分を経て、経路 C# (Qi(t),,Qi(t))∂L
∂Qi
-d
dt
(∂L
Qi
)=0 for i=1,,f
を満たすことと同値となる。 つまり、 Lagrange 方程式は座標変換によってその形を変えない」。 これが Lagrange 形式の著しい特徴であり、大きなメリットである。 例えば極座標における、ポテンシャル・エネルギー U(r,𝜃) 配下の Newton の運動方程式は、
m(␒␒r-r𝜃2)=-∂U
∂r
m(r␒␒𝜃+2r 𝜃)=-1
r
∂U
∂𝜃
となる。導出には、動径方向、動径と垂直な方向について、それぞれ加速度とポテンシャルの勾配を求めてやる必要があるが、微積物理 ベクトルの座標変換でもみたように、これが結構大変である。勾配はもっと面倒(直観的には各方向の単位長さ当たりの変化率だから納得できるだろう)。 一方、Lagrange 形式を用いると、v=r, v=r𝜃 からT=1
2
m(r2+r2𝜃2)
L=T-U(r,𝜃)=1
2
m(r2+r2𝜃2)-U(r,𝜃)
Lagrange 方程式は、変数 r について
∂L
∂r
-d
dt
(∂L
r
)
=mr𝜃2-∂U
∂r
-d
dt
(mr)=0
m(␒␒r-r𝜃2)=-∂U
∂r
変数 𝜃 について
∂L
∂𝜃
-d
dt
(∂L
𝜃
)
=-∂U
∂𝜃
-d
dt
mr2𝜃=0
m(r2␒␒𝜃+2rr𝜃)=-∂U
∂𝜃
m(r␒␒𝜃+2r𝜃)=-1
r
∂U
∂𝜃
わずか数行の計算で事足りる。 これがデカルト座標から球座標 (r,𝜃,𝜙) への変換となると、もう絶望的である。ノート数ページに渡って延々と計算を続けなければならない。ところが、Lagrange 形式では、運動エネルギーはT=1
2
m(r2+r2𝜃2+r2sin2𝜃𝜙2)
と表せるから、同じ手順、同じ手間で Lagrange の運動方程式を書き下すことができる。 このように、ある座標系の変数で運動エネルギーとポテンシャル・エネルギーが表せるならば、その座標系で Lagrange の運動方程式を得ることができる。すなわち、与えられた力学系に対して、一番見通しの良い座標系をとり、同じ手順を踏むことで方程式と、その解にたどり着けばよい。この共変性は大きな魅力である。 背景として、Newton の運動方程式はベクトルの成分に関する方程式のため、座標変換の影響をもろに受ける一方で、 Lagrangian L はスカラーである。物理的に同じ点のスカラーの値は座標変換によらず同一なことも大きく寄与している。 では一般論として、どのような座標変換が許されるだろうか?{qi} から {Qj}{Qj} から {qi} 両方向への変数変換が可能なことが先ず必要。そして配位空間内での変換であること、つまり、元変数の速度成分 qi が変換に含まれていないことが必要だろう。 Lagrange の運動方程式は、時間の 2 階微分までの方程式だが、もしも {Qj} への変換に qi が含まれていると、その共変性が失われてしまうので。 また、速度成分 {qi} から {Qj} への変換は、配位空間で同一経路 C(qi(t)), C(Qj(t)) が決まれば、それに応じて各々の配位速度空間における経路も一意に定まるので、考えなくてよいだろう。 Lagrange 形式の利点についてはこれで十分に分かってもらえたことと思うので、第四の利点: Lagrange 形式は力学の範疇を超えて、場の理論に拡張でき、電磁気学、さらには量子力学でも成り立つことについては自分の力量を超えていることもあり、紹介するだけにとどめ、一番お話したかった、保存則と対称性 ── Noether の定理に進もうと思うが、その前にもう一つだけ、自由度について補足。
束縛条件と自由度
ここまで、自由度 f の場合はと話を進めてきたが、自由度はどうやって決まるだろうか? 1 粒子系では 3 次元の運動が可能だから、自由度 3 があるが、粒子の運動がある曲面上に限定される場合、束縛条件g(x,y,z;t)=0が課せられる(ここでは t はパラメータ扱いとする)。 z について解いてやると、 z x,y で表されるから、もはや独立ではないので、自由度は 1 減って 2 となる。一般に、独立な束縛条件の数だけ、自由度は減る。 例えば球面上の運動の場合、デカルト座標ではなく、球座標をとってやれば変数は (𝜃,𝜙) の二つ、つまり自由度と同じ変数の数で済ますことができる。このように、束縛条件が全て、 g(x,y,z;t)=0 の形で表される場合をホロノーム系といい、座標系をうまくとってやれば、自由度と同じ数の変数で力学系を表現できる。この座標系を一般化座標と呼ぶ。 N 粒子系を考えると、束縛条件がない場合、その運動は、 R3N=R3×R3×…×R3 3N 次元(座標系として (x1,x2,...,x3N))内の軌跡として表されるが、独立な束縛条件 gi(xj)=0 ; i=1,,p が課せられると、その自由度は f=3N-p となるので、一般化座標の次元も、3N-p となる。解曲線は R3N 空間に埋め込まれた、 3N-p 次元の超曲面上を辿ることになる。一般化座標の座標系 (q1,q2,...,qf) は、この 3N-p 次元の超曲面上に張られた座標系である。これが今まで暗黙の裡に使ってきた、粒子系の位置を表す、配位空間の正体である。 ホロノーム系では、束縛条件は gi(xj)=0 , i=1,...,p で全て尽くされ、それ以外の形の条件は無いので、一般化座標の各変数 {qi} は独立、変分 {𝜖i𝜂i} も独立にとることができる。 こうして、対象をホロノーム系と限定し、座標系として一般化座標を採用することで、変分法 E-L 方程式 ── 自由度 f の場合で仮定した、 {𝜂i} は独立とする前提の妥当性を示すことができた。 このホームページでは扱わないが、もちろん、束縛条件には上の形で表せないものもあり、こちらは非ホロノーム系という。糸でつるした質点の運動で糸がたわむ場合や、意外なところでは平面上を滑らずに転がる球がその例となる(こちらの拘束条件は、積分可能ではない微分形式を用いて表現される)。 これで必要な準備はできた。次はいよいよ、本カテゴリのクライマックス、保存則と対称性 ── Noether の定理 です。 Lagrange 形式については、まだお話ししたいことも残っているので、また戻ってくることにしよう。

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