ベクトルの座標変換
   ━━ 極座標を例として


極座標
平面内の点 P の位置は、デカルト座標系では、各座標の成分 (x,y) で表されるが、原点からの距離 r, x 軸となす角度を 𝜃 として、(r,𝜃) で表すこともできる。これを極座標という。原点は角度が定義できないため除外する(特異点)。
成分を縦ベクトル表示で書くと、a
x
y
=a
rcos𝜃
rsin𝜃
位置ベクトル p は、 x,y 軸方向の基底ベクトルを ex, ey として、
p=x ex+y ey
=rcos𝜃 ex+rsin𝜃 ey
成分は (r,𝜃) で表現されたが、基底はそのままデカルト座標系の ex, ey を用いている。これでは単に成分のパラメータを置き換えたに過ぎず、あまり面白みはない。速度ベクトルなど、一般のベクトルを表現するのに、極座標に対応した、もっと便利な基底はないだろうか?
座標変換と座標基底
Q の軌跡 q(t) を考える。
𝛥t 間の微小変位 𝛥q=(𝛥x,𝛥y ) は、𝛥x=dx
dt
𝛥t
に、ライプニッツ則を用いて、その成分を 𝛥r,𝛥𝜃 で置き換えることができる。
𝛥x=dx
dt
𝛥t
=(dr
dt
cos𝜃-rsin𝜃 d𝜃
dt
) 𝛥t
𝛥rcos𝜃-rsin𝜃 𝛥𝜃
行列の形にまとめると、微小変位の、デカルト系から極座標への座標変換は、 a
𝛥x
𝛥y
=a
cos𝜃-rsin𝜃
sin𝜃rcos𝜃
a
𝛥r
𝛥𝜃
a
𝛬
a
𝛥r
𝛥𝜃
で与えられる。 基底こみでベクトル 𝛥q を行列表現で書くと、
𝛥q=𝛥x ex+𝛥y ey=(ex ey) a
𝛥x
𝛥y
=(ex ey) a
𝛥rcos𝜃-rsin𝜃 𝛥𝜃
𝛥rsin𝜃+rcos𝜃 𝛥𝜃
=(ex ey)a
cos𝜃-rsin𝜃
sin𝜃rcos𝜃
a
𝛥r
𝛥𝜃
=(ex ey) a
𝛬
a
𝛥r
𝛥𝜃
(er e𝜃) a
𝛥r
𝛥𝜃
成分、基底の変換はそれぞれ、a
𝛥x
𝛥y
=a
𝛬
a
𝛥r
𝛥𝜃
, (ex ey)=(er e𝜃) a
𝛬
-1
となる。 このように、基底の変換が、成分の変換行列の逆行列で与えられるとき、その基底を座標基底という。 a
(er e𝜃)=(ex ey)a
𝛬
を展開してみると、
er=cos𝜃 ex+sin𝜃 ey
e𝜃=r(-sin𝜃 ex+cos𝜃 ey)
位置により、基底は変化する。er は動径方向で大きさは 1,e𝜃 は動径と垂直方向で大きさは |r| .基底として、極座標の座標基底をとるとき、 e𝜃 の大きさは変化することに注意。
微小変位ベクトルだけでなく、任意のベクトルの成分は、それが電場であれ、磁場であれ、同じ変換則に従うと考えるのが合理的である。 逆にこの変換則を満たすものをベクトルと定義してもよい。V=(ex ey) a
Vx
Vy
=(er e𝜃) a
Vr
V𝜃
a
Vx
Vy
=a
𝛬
a
Vr
V𝜃
a
Vr
V𝜃
=a
𝛬
-1 a
Vx
Vy
これは見方を変えれば、2 次元上のベクトルは、x 軸方向と y 軸方向の二つのベクトルの和に分解してもよいし、動径方向とそれに垂直な方向の二つのベクトルの和に分解してもよいと考えることもできる。計算を進めるうえで都合の良い方を採用すればよい。 円運動の軌跡を考える場合や、万有引力やクーロン力など、中心力となるものはその力の源を原点とした極座標をとってやると、見通しがよくなる。
極座標におけるベクトルの時間微分
物理学の世界では、時間微分をドット と略記することが多い。 例えば運動量の時間微分 dp
dt
p
など。ここではこの記述法を採用する。
まずは物体の軌跡に関して、速度ベクトル。速度ベクトルは位置ベクトル r を時間で微分すればよいのだが、位置ベクトルと、極座標の座標基底とは少し相性が悪い。ぱっと見、r=rer を微分すれば問題ないのでは?と思ってしまうが、その er はどの点における er なのか? 原点なのか、それとも軌跡上の点なのか? そもそも、極座標では原点は除外していた。 そこで、点 P における速度ベクトル v は次のように求める。
v=r =(ex ey) a
x
y
=(ex ey)a
rcos𝜃-rsin𝜃 𝜃
rsin𝜃+rcos𝜃 𝜃
=(ex ey)a
cos𝜃-rsin𝜃
sin𝜃rcos𝜃
a
r
𝜃
=(ex ey)a
𝛬
a
r
𝜃
=(er e𝜃)a
r
𝜃
位置ベクトルは極座標では表現できなくても、速度ベクトルは表現できた。ひとたび v が極座標とその座標基底で表せれば、加速度 v はライプニッツ則を用いて、
v =(er e𝜃)a
␒␒r
␒␒𝜃
+(er e𝜃)a
r
𝜃
=(er e𝜃)a
␒␒r
␒␒𝜃
+(ex ey)a
-sin𝜃 𝜃-rsin𝜃-rcos𝜃 𝜃
cos𝜃𝜃rcos𝜃-rsin𝜃 𝜃
a
r
𝜃
=(er e𝜃)a
␒␒r
␒␒𝜃
+(ex ey)a
-2rsin𝜃 𝜃-rcos𝜃 𝜃2
2rcos𝜃 𝜃-rsin𝜃 𝜃2
=(er e𝜃)a
␒␒r
␒␒𝜃
+(ex ey)a
cos𝜃-rsin𝜃
sin𝜃rcos𝜃
a
-r𝜃2
2r 𝜃
r
=(er e𝜃)a
␒␒r-r𝜃2
␒␒𝜃+2r 𝜃
r
自分の知っている、極座標の場合の加速度成分と少し違うと思った人は、次の次のセクション 極座標に正規直交基底を選ぶこともできる まで待ってほしい。 同じことを今度は一般のベクトル V=(er e𝜃) a
Vr
V𝜃
で行ってみよう。
V=(er e𝜃) a
Vr
V𝜃
+(er e𝜃) a
Vr
V𝜃
=(er e𝜃) a
Vr
V𝜃
+(ex ey)a
-sin𝜃 𝜃-rsin𝜃-rcos𝜃 𝜃
cos𝜃𝜃rcos𝜃-rsin𝜃 𝜃
a
Vr
V𝜃
=(er e𝜃) a
Vr
V𝜃
+(ex ey) a
-sin𝜃 𝜃 Vr-(rsin𝜃+rcos𝜃 𝜃)V𝜃
cos𝜃𝜃 Vr+(rcos𝜃-rsin𝜃 𝜃 )V𝜃
=(er e𝜃) a
Vr
V𝜃
+(ex ey)a
cos𝜃-rsin𝜃
sin𝜃rcos𝜃
a
-r𝜃V𝜃
𝜃Vr+rV𝜃
r
=(er e𝜃) a
Vr-r𝜃V𝜃
V𝜃+𝜃Vr+rV𝜃
r
このおそろしい結果を覚える必要は全然ない。 理解しておくことは、基底が位置によって変化する場合、ベクトルの時間微分をとるには、成分だけでなく、基底も微分する必要があるということ。そして、同じ基底を使って結果を表現するため、基底を微分した寄与分が成分側に出てきて、そのしわ寄せがいく、ということが分かれば十分である。 余談だが、一般相対論では各点で基底を考え、その基底が位置により変化する。そのため、微分をとると、このように余分な項が出てくる。この考え方が共変微分へとつながっていく。
余談:ベクトルの平行移動
ベクトルの平行移動についても、極座標を使うと面白い考察ができるのだが、話が長くなり、本題からも離れてしまうので、 Topics: ベクトルの平行移動 ━━ 相対論への第一歩 で独立にチャプターを設けて扱うことにした。 ここでは極座標の各点における、同一のベクトル:平行移動されたベクトルの成分を確認しておくにとどめよう。 V0, 𝛼 を定数として、極座標の各点における、同一のベクトルはV(r,𝜃)=(er e𝜃) a
V0cos(𝛼-𝜃)
V0sin(𝛼-𝜃)
r
で表される。
A から点 B へのベクトルの平行移動を考えよう。2 点間を直線で結んだ経路に沿って移動する場合、直線とベクトルのなす角度を一定にして移動してやればよい。同一、平行移動されたとみなされるベクトルの成分が、その点の位置情報 (r,𝜃) と、定数 V0, 𝛼 のみで表現されることから、ベクトルの平行移動は経路によらない。直感的にも当然だろう。 実は平行移動が経路によらないのは、Flat な平面に限られており、歪んだ空間では経路によって、平行移動の結果が異なる。逆にこれを使って、考えている空間(または面)が Flat かどうかを判断することができるのである。 以上、余談でした。大学をお楽しみに。
極座標におけるエネルギー積分
「エネルギー保存則」例題 その3 惑星の運動 で行った、極座標のエネルギー積分を今度は正攻法でやってみよう。 原点に質量 M, 位置 r に質量 m の物体があるとき、m の運動を考える。
極座標とその座標基底を用いると、速度、加速度ベクトルは、 v=(er e𝜃)a
r
𝜃
, v =(er e𝜃)a
␒␒r-r𝜃2
␒␒𝜃+2r 𝜃
r
であった。 運動方程式は、基底こみで、m␒␒r=m(er e𝜃)a
␒␒r-r𝜃2
␒␒𝜃+2r 𝜃
r
=(er e𝜃))a
-GMm
r2
0
=F
erer=1, ere𝜃=0, e𝜃e𝜃=r2 に注意して、v と内積をとることで m{r(␒␒r-r𝜃2)+r2 𝜃(␒␒𝜃+2r 𝜃
r
)}=-GMm
r2
r
vv=erer r2+e𝜃e𝜃 𝜃2=r2+r2𝜃2 から、d
dt
(1
2
v2)=r ␒␒r+rr𝜃2+r2 𝜃 ␒␒𝜃
と比較することで、
d
dt
(1
2
mv2)
=d
dt
(GMm
r
)
1
2
mv2-GMm
r
=const.
正攻法でも同じ結果、力学エネルギー保存則が得られた。見通しはよいが、こちらのやり方の方がかえって力技に見えるかもしれない。
極座標に正規直交基底を選ぶこともできる
2 次元のベクトルは、独立な任意の二つの基底(のスカラー倍)の和で表せるとのことだったから、{er, e𝜃} の代わりに、動径方向と、動径に垂直な方向にそれぞれ長さ 1 の単位ベクトルの組{e, e} を採用することもできる。
(e e)=(ex ey)a
cos𝜃-sin𝜃
sin𝜃cos𝜃
=(er e𝜃
r
)
逆に(er e𝜃) =(e e)a
10
0r
速度・加速度ベクトルは、一から計算してもよいが、基底 {er, e𝜃} での結果を基底 {e, e} で置き換えてやればよい。
v=r =(ex ey)a
cos𝜃-rsin𝜃
sin𝜃rcos𝜃
a
r
𝜃
=(er e𝜃) a
r
𝜃
=(e e)a
10
0r
a
r
𝜃
=(e e)a
r
r𝜃
v =␒␒r=(ex ey)a
cos𝜃-rsin𝜃
sin𝜃rcos𝜃
a
␒␒r-r𝜃2
␒␒𝜃+2r 𝜃
r
=(er e𝜃)a
␒␒r-r𝜃2
␒␒𝜃+2r 𝜃
r
=(e e)a
10
0r
a
␒␒r-r𝜃2
␒␒𝜃+2r 𝜃
r
=(e e) a
␒␒r-r𝜃2
r␒␒𝜃+2r 𝜃
これを用いて、基底 {e, e} の下、先ほどと同じようにエネルギー積分をやってみるのは教育的である。是非、紙と鉛筆を使ってやってみてほしい。 普通の教科書では極座標における加速度の成分は(基底を明示せずに)この形で記述されることがほとんどだと思う。 しかし、{e, e} では座標基底の美しい関係a
Vx
Vy
=a
𝛬
a
Vr
V𝜃
, (ex ey)=(er e𝜃) a
𝛬
-1
V=(ex ey)a
Vx
Vy
=(er e𝜃) a
𝛬
-1a
𝛬
a
Vr
V𝜃
=(er e𝜃) a
Vr
V𝜃
は満たせない。 強いて同じ形にしてみると、微小変位ベクトル 𝛥q の変換は、a
𝛥x
𝛥y
=a
𝛬
a
𝛥r
𝛥𝜃
(ex ey)=(er e𝜃) a
𝛬
-1=(e e)a
10
0r
a
𝛬
-1
から、
𝛥q=(ex ey)a
𝛥x
𝛥y
=(e e)a
10
0r
a
𝛬
-1a
𝛬
a
𝛥r
𝛥𝜃
=(e e)a
10
0r
a
𝛥r
𝛥𝜃
(e e) a
𝛥r
𝛥𝜃
ベクトルの大きさの 2 乗が、単に各成分の 2 乗の和で与えられて便利だから、という理由で、極座標では、こちらの正規直交基底が選ばれることがほとんどのようだが、座標変換が飛び交う一般相対論では座標基底で話を進めることが多い。 ベクトルは、成分と基底の Set で考えるべし。 将来、きっとこの考え方が役に立つ時がくると思います。 次はエネルギー保存則を、力に課した制約(1 次元で扱えるもののみを対象とした)を外して 3 次元に拡張し、ポテンシャル・エネルギーは経路によらないことを示そう。

< previous |
| next >