Fermi 準位は電気化学ポテンシャルである
   ━━ バンド図の縦軸は何か?


大学で電子工学の専門課程に入りたての頃、「Fermi 準位、フェルミエネルギーとは熱力学で言う、化学ポテンシャルのことで、熱力学でやったように化学ポテンシャルは場所によらずに一定だから、熱平衡時は pn 接合の両側でそれは一致する」と、Fermi 準位は水平にまっすぐ、伝導帯、価電子帯(の下端と上端)は接合の前後で曲がったバンド図を教えられ、どことなく熱力学でやった化学ポテンシャルと違うような違和感を持ったまま、そういうものかと受け入れてしまっていた。 接合から十分に離れた場所の電子密度 np0, nn0 は 、NC を伝導帯の有効状態密度、ECp, ECnp,n 各領域の伝導帯下端のエネルギー準位として、
np0=NCexp(-ECp-EF
kBT
)
nn0=NCexp(-ECn-EF
kBT
)
と、共通の Fermi 準位 EF を用いて与えられる。 実は Fermi 準位とは電気化学ポテンシャルのことであると分かったのは大学院に進んでからのこと。その違いを、pn 接合と、高低差のある気体の例との比較を交えながら説明します。 バンド図についても、熱力学の流儀に基づくものと、電子物性の流儀に基づくものでは微妙な差があり、この違いを明らかにすることも、この記事の目標の一つです。
熱力学の公理
外部から熱的、粒子的に孤立した系は十分時間が経てばマクロに見て、状態が変化しない熱平衡状態に到達する。 言葉の定義単純系:内部にピストンや仕切り板など、熱や粒子の流れを制限するものがなく、熱平衡時にはマクロにみて均一とみなせる系のこと。任意の系は単純系に分割できる。 存在の仮定単純系の平衡状態それぞれに一意的に値が定まる量 エントロピー S が存在し、自然な独立変数として、内部エネルギー U 、体積 V 、粒子数 N の関数として表される。S(U,V,N)これを熱力学の基本関係式と呼ぶ。SU に関して単調増加関数で、 U について逆に解けるものとする。U(S,V,N) また、 S,U,V,N 等、ある平衡状態に対して一意に決まる量のことを状態量と言う。状態量はその平衡状態へと至る履歴・経路によらず、その平衡状態だけで決まる。 外部から熱的、粒子的に孤立した系(複合系も含む)の平衡条件は、エントロピー最大の原理を満たす。
エントロピー最大の原理:複合系の平衡条件 単純系を組み合わせた複合系は、課せられた束縛条件の元、全ての単純系が平衡状態で、 S= iSi(Ui,Vi,Ni) が最大となるとき、かつその場合に限り、平衡状態にある。その時の複合系のエントロピーは S の最大値に等しい
味も素っ気もないが、この公理から熱力学の様々な定理が導き出されることになる。束縛条件の具体例は 化学ポテンシャルは一致する電気化学ポテンシャルは一致する のセクションで説明する。 先ずはここで定義したエントロピー S と、熱力学に登場する他の状態量、温度 T 、圧力 P 、化学ポテンシャル 𝜇 の関係を調べよう。
エントロピーと状態量の関係
ある平衡状態から別の平衡状態への準静的な遷移を考える。 (U,V,N) の各値に応じて平衡状態のエントロピー S が定まるので、S-U,V,N 空間で考えると S(U,V,N) は超曲面となる。逆に言えば、超曲面 S(U,V,N) 上の各点は、全て(各値に対応する)平衡状態ということになる。従って、超曲面 S について、 S 上の経路、微小変位や微分形式を考える場合、ある平衡状態から別の平衡状態まで、常に平衡状態を経由しての遷移となり、準静的過程のみを考えればよい。ある平衡状態から非準静的過程、つまり非平衡状態を経て(十分な時間の経過後に)別の平衡状態へと遷移した場合の経路は、この S-U,V,N 空間には存在せず、この空間から一旦はみ出すことになる。 S の微分形式は、dS=(∂S
∂U
)dU+(∂S
∂V
)dV+(∂S
∂N
)dN
となる。各偏微分係数と、マクロに観測される状態量との関係を知りたいのだが、これにはエネルギー保存則を用いる。 U について逆に解いた U(S,V,N) の微分形式を考えると、dU=(∂U
∂S
)dS+(∂U
∂V
)dV+(∂U
∂N
)dN
となるが、系の内部エネルギーの増し高は、外部から流入する熱と外にした仕事、流入する各粒子の持ち込むエネルギーで決まるので、準静的過程においては、a
dU=d'q-PdV+𝜇dN
で与えられる。P は圧力、𝜇 は一粒子あたりのエネルギーで化学ポテンシャルと呼ぶ。 ここで、 d'q とダッシュをつけている理由は、熱が状態量ではないためである。ある平衡状態にあるとき、系の S,U,V,N 等は一意に定まる量で、その前の履歴・経路によらない。ところがある平衡状態のときの「系の熱量」というものは存在せず、また、一般にある平衡状態から別の平衡状態に至るまでの経路により、 d'q は異なる。 準静的な過程では、両者は等しいはずなので、d'q=(∂U
∂S
)dS
さらに、絶対温度 T(∂U
∂S
)T
で定義することにすると、a
dU=TdS-PdV+𝜇dN
U の全微分をS の全微分として逆に解くと、dS=1
T
dU+P
T
dV-𝜇
T
dN
これにより、各偏微分係数と、マクロに観測される状態量との関係が求まった。偏微分するときの他の変数も明記すると、
(∂S
∂U
)V,N(U,V,N)
=1
T
(∂S
∂V
)U,N(U,V,N)
=P
T
(∂S
∂N
)U,V(U,V,N)
=-𝜇
T
ちなみに、S の自然な変数 U,V,N はすべて示量変数(系のサイズに比例する量で、系を二等分すれば 1/2 倍となる)だったが、対応する偏微分係数は示強変数(系を二等分しても変わらない)となっている。この時、T,P,𝜇 も、その変数は S の自然な変数と同じく、 U,V,N となることに注意(Legendre (ルジャンドル)変換で、内部エネルギー U(S,V,N) をヘルムホルツの自由エネルギー F(T,V,N) 等に変換すると、変数もそれに応じて変わる )。 以上で最低限の道具立てはできたので、二つの系を接触させたらどうなるかを考えよう。 なお、唐突に現れた感の強い絶対温度 T だが、これが温度計の目盛りから測定される摂氏温度と(原点の取り方を除いて)一致することは別記事の 理想気体の温度計 を参照ください。
化学ポテンシャルは一致する(外場のない場合)
断熱、断粒子壁に囲まれた孤立系において、各体積は一定のもと、系 S1 と系 S2 が熱的・拡散的に接触して熱平衡に達したとする。 この時、全系 St=S1+S2 のエントロピー St=S1+S2 はエントロピー最大の原理より、最大となる。 もう少し具体的に言うと、各系の自然な変数を (U1,V1,N1), (U2,V2,N2) として、 ・断熱壁に囲まれているので外部とのエネルギーのやり取りはなし・断粒子壁に囲まれているので外部との粒子の出入りはなし となることから、全系 St の内部エネルギー及び粒子数一定
Ut=U1+U2=Const.
Nt=N1+N2=Const.
の束縛条件の元、St のエントロピー St=S1+S2 を最大とするような (U1,V1,N1), (U2,V2,N2) を求めなさいということになる。 いま、平衡状態において、系 S1 から系 S2 へ熱的接触で 𝛥U, 粒子的接触で 𝛥N の仮想変位を考える。 (U1,U2,V1,V2,N1,N2) 空間で考えると、束縛条件を満たす点の集合はこの空間の部分空間となる。エントロピーがこの部分空間内で最大となる場所を探しているので、変位は部分空間内を動く。ということは平衡状態を遷移していくので、ここでも準静的な過程のみを考えればよい。 束縛条件からS1(U1,V1,N1)+S2(U2,V2,N2)=S1(U1,V1,N1)+S2(Ut-U1,V2,Nt-N1) 平衡状態からの微小変化 𝛥U, 𝛥N について、一次まで展開して、
S1(U1-𝛥U,V1,N1-𝛥N)+S2(Ut-U1+𝛥U,V2,Nt-N1+𝛥N)
S1(U1,V1,N1)-∂S1
∂U1
𝛥U-∂S1
∂N1
𝛥N
+S2(Ut-U1,V2,Nt-N1)+∂S2
∂U2
𝛥U+∂S2
∂N2
𝛥N
=S1(U1,V1,N1)+S2(Ut-U1,V2,Nt-N1)
+(-∂S1
∂U1
+∂S2
∂U2
)𝛥U+(-∂S1
∂N1
+∂S2
∂N2
)𝛥N
=S1(U1,V1,N1)+S2(Ut-U1,V2,Nt-N1)
+(-1
T1
+1
T2
)𝛥U+(𝜇1
T1
-𝜇2
T2
)𝛥N
ここで、∂S2
∂U2
等は、∂S2
∂U2
aU2=Ut-U1,V2=V2,N2=Nt-N1
等のことである。
平衡状態なのでエントロピー St は最大ゆえ、ここからの微小変化 𝛥St=0 でなければならない。よって、a
T1=T2
𝜇1=𝜇2
孤立系の、熱的・拡散的に接触した部分系の温度、化学ポテンシャルは一致する。
要請した条件:内部エネルギー Ut が一定であることa
Ut=U1+U2
について、補足しておく。この条件は、エネルギー保存則:『孤立系の全エネルギーは保存すべし』から来ている。本来は、Et=(Kinetic Energy)t+(Potential Energy)t+Ut=Const.が要請されるべきだが、ここまでは各部分系の運動エネルギー、ポテンシャルエネルギーは存在しない/変化しないとしていたため、結果、内部エネルギー Ut が一定であることが束縛条件として課せられていた。 では各系に高低差があるなど、粒子に対するポテンシャル差がある場合はどうなるだろうか?この場合は全系の内部エネルギーは保存されなくなる。束縛条件を変えてやらねばならない。
電気化学ポテンシャルは一致する(外場のある場合)
各系に高低差や、荷電粒子ならば電位差があるなど、粒子に対するポテンシャルがある場合の平衡状態を考えよう。束縛条件が変わり、今度は全エネルギー保存則を要請することになる(平衡状態を考えているので、全系が静止して観測されるような実験室系を採用するものとして、全運動エネルギーは変わらない・無視するものとする)。 束縛条件:エネルギー保存則と粒子数保存
Et=U1+N1𝜙1+U2+N2𝜙2=Const.
Nt=N1+N2=Const
から、
St=S1(U1,V1,N1)+S2(U2,V2,N2)
=S1(U1,V1,N1)+S2(Et-U1-N1𝜙1-(Nt-N1)𝜙2,V2,Nt-N1)
=S1(U1,V1,N1)+S2(Et-U1-Nt𝜙2-N1(𝜙1-𝜙2),V2,Nt-N1)
平衡状態において、系 S1 から系 S2 へ熱的接触で 𝛥U, 粒子的接触で 𝛥N の微小変化が発生したとすると、
S1(U1-ΔU,V1,N1-ΔN)
+S2(Et-(U1-ΔU)-Nt𝜙2-(N1-ΔN)(𝜙1-𝜙2),V2,Nt-(N1-ΔN))
S1(U1,V1,N1)+S2(Et-U1-Nt𝜙2-N1(𝜙1-𝜙2),V2,Nt-N1)
-∂S1
∂U1
𝛥U-∂S1
∂N1
𝛥N+∂S2
∂U2
{𝛥U+(𝜙1-𝜙2)ΔN}+∂S2
∂N2
𝛥N
ここでも、∂S2
∂U2
等は、∂S2
∂U2
aU2=Et-U1-Nt𝜙2-N1(𝜙1-𝜙2),V2=V2,N2=Nt-N1
等のことである。
これより全系のエントロピーの変化 ΔSt は、
ΔSt=-∂S1
∂U1
𝛥U-∂S1
∂N1
𝛥N+∂S2
∂U2
{𝛥U+(𝜙1-𝜙2)ΔN}+∂S2
∂N2
𝛥N
=(-∂S1
∂U1
+∂S2
∂U2
)𝛥U+{-∂S1
∂N1
+∂S2
∂U2
(𝜙1-𝜙2)+∂S2
∂N2
}ΔN
=(-1
T1
+1
T2
)𝛥U+{𝜇1
T1
+1
T2
(𝜙1-𝜙2)-𝜇2
T2
}ΔN
=(-1
T1
+1
T2
)𝛥U+{𝜇1
T1
+𝜙1
T2
-𝜇2+𝜙2
T2
}ΔN
平衡状態なので 𝛥St=0 でなければならない。よって、a
T1=T2
𝜇1+𝜙1=𝜇2+𝜙2
外場があるときの平衡条件は、温度が一致することは変わらないが、化学ポテンシャルではなく、化学ポテンシャルと粒子に対するポテンシャルの和が一致することがわかった。 ここで、電気化学ポテンシャル 𝜇𝜇i𝜇i+𝜙iで定義すると、平衡条件はa
T1=T2
𝜇1=𝜇2
と外場がない場合と同じ形式に書き表すことができる。
外場がある場合全体として孤立系の、熱的・拡散的に接触した部分系間の温度及び電気化学ポテンシャルは一致する。
外部ポテンシャルが静電場ではなく、一般の場合にも、化学ポテンシャルに外部ポテンシャルを加えたものは電気化学ポテンシャルと呼ばれている。 例題として、重力ポテンシャルが存在する場合を挙げよう。電子物性における Fermi 準位の扱いとの違いが明らかになる。
例:高低差のある場合の理想気体 ━━ 電子物性との違い
外場がある場合の例として、系 1 が系 2 よりも高さ h だけ上にあって、両者を熱的、粒子的に接触させた場合を考える。 粒子 1 個の質量を m, 重力加速度を g として、エネルギー保存則と粒子数保存
Et=U1+mghN1+U2=Const.
Nt=N1+N2=Const
から、同じ考え方をたどって、a
T1=T2
𝜇1=𝜇2
化学ポテンシャルについては𝜇1+mgh=𝜇2 化学ポテンシャル 𝜇i の違いは各系の粒子数 Ni , 粒子密度 ni の違いとなって現れてくる。 ここで粒子を理想気体とした場合の、𝜇n の関係式を求めておこう。理想気体のエントロピー ── 熱力学からの導出 を参照して、理想気体のエントロピーは  S(U,V,N)=N
N0
S0+RN ln[(U
U0
)c(V
V0
)(N0
N
)c+1]
で与えられる。ここに U,V,N は系の内部エネルギー、体積、モル数、c は気体分子の運動の自由度によって決まる定数で単原子気体の場合は 3
2
R は気体定数、ある基準点のエントロピー等を S0, U0, V0, N0 とする。
こちらの N はモル数だったので、改めて N を粒子の個数に変更すると、kB をボルツマン定数として  S(U,V,N)=N
N0
S0+kBN ln[(U
U0
)c(V
V0
)(N0
N
)c+1]
が出発点となる。∂S
∂U
1
T
=ckBN
U
より理想気体の内部エネルギーU=cNkBTが得られる。
∂S
∂N
-𝜇
T
=S0
N0
+kB ln[(U
U0
)c(V
V0
)(N0
N
)c+1] -(c+1)kB
=kB ln[(U/V
U0/V0
)c(V
V0
)c(V
V0
)(N0/V0
N/V
)c+1(V0
V
)c+1] +Const.
=kB ln[(u
u0
)c (n0
n
)c+1] +Const.
単位体積当たりの粒子密度、内部エネルギー密度を n,u とした。内部エネルギー密度u=cnkBTを考慮して、
-𝜇
T
=kB ln[(cnkBT
u0
)c(n0
n
)c+1] +Const.
=kB lnTc
n
+Const′.
n について解くと、𝛼 を新たな定数として、n=𝛼Tcexp(𝜇
kBT
)
となる。 高さ h だけずらして接触させた各系の平衡状態に話を戻すと、各系における粒子密度 ni は、その系の温度 Ti と化学ポテンシャル 𝜇i によって決まる。T1=T2T* として、
n1=𝛼T*cexp(𝜇1
kBT*
)
n2=𝛼T*cexp(𝜇2
kBT*
), 𝜇2=𝜇1+mgh
ここで注目すべきは、各 ni を決めるのは化学ポテンシャル 𝜇i (と Ti )で、系によらず一定となる電気化学ポテンシャル 𝜇i=𝜇 は表立っては出てこず、 𝜇i 間の関係を示す働きをするだけであるというところである。 この記事の冒頭pn 接合のバンド図及び電子密度と見比べてみてほしい。そちらでは、Fermi 準位は一定で、しかもその値を用いて p,n 各領域の電子密度を記述していた。話が食い違っているように見えることがお分かりいただけるだろうか?これが昔、感じた違和感の正体である。 理想気体の例題に戻り、粒子密度 n1, n2 の比をとると、
n1
n2
=exp(𝜇1-𝜇2
kBT*
)
=exp(-mgh
kBT*
)
となり、粒子密度の比が、ー ( 外場によるポテンシャルの差 ) の指数関数になっていて、これはボルツマン分布となっている。 反対に、接触前の化学ポテンシャルがそれぞれ 𝜇1, 𝜇2, 温度は同一 T* となるような系 S1, S2 を用意する。そのためには事前に各系を温度 T* の熱浴に(熱的に)接触させて熱平衡に到達させ、温度をあわせた後、熱浴から切り離してやればよい。その後、化学ポテンシャルの差分の(重力)ポテンシャルに相当する高低差を与えた状態で系 S1 S2 を熱的、粒子的に接触させると、平衡状態は保たれ、マクロな意味での粒子の移動は発生しない。高低差から化学ポテンシャルの差が測れたことになる。 次は半導体、pn 接合についてだが、先ずはここまでの熱力学の流儀 ━━ 内部エネルギーをエントロピーの自然な変数とする ━━ に則って、考えてみよう。
p 型半導体と n 型半導体を電池でつなぐ
半導体の化学ポテンシャルは温度とアクセプター、ドナー濃度によって定まる。p 型半導体、n 型半導体の( 1 個の電子に対する)化学ポテンシャルをそれぞれ 𝜇p, 𝜇n (𝜇p<𝜇n) とし、電子の伝導帯下端のエネルギーを EC, 価電子帯上端を EV とする。接触前の電子密度 np, nn は、ボルツマン近似のもと、
np=NCexp(-EC-𝜇p
kBT
)
nn=NCexp(-EC-𝜇n
kBT
)
で与えられる(事前に熱浴に接触させて温度は T でそろえておくことにする)。 化学ポテンシャルの差を打ち消すような静電ポテンシャルを与える電池を介して両者を熱的、粒子的に接触させることを考えよう。化学ポテンシャルの低い p 型半導体側に加えるべき電圧は、その電圧の大きさを Vbi, 向きは n 側を正、-e を電子の電荷として、(-e)(-Vbi)𝜇n-𝜇pこの時、各領域の電気化学ポテンシャルは、𝜇p=𝜇p+(-e)(-Vbi)=𝜇n+0=𝜇n𝜇となり、(当然ながら)一致するので平衡状態にあり、電子の正味の出入りは生じない。従って、電子密度もそのままである。 電子 1 個当たりの内部エネルギー U/N を縦軸にとったバンド図を描くと、 pn 型によらず、EC,EV は共通、𝜇p, 𝜇n の違いが電子密度の違いを表している。 このように、電池(に検流計を組み合わせた装置)を系と系の間に接続することで、原理的に化学ポテンシャルの差を測定できることも分かった。 ところで電子 1 個当たりの内部エネルギー U/N ではなく、外部ポテンシャルも加えた全エネルギー Et/N で考えてみると、n 型半導体側に比べ、p 型半導体側は、eVbi だけ上にシフトするので、その伝導帯下端、価電子帯上端を ECp, EVp とすると、
ECp=EC+eVbi
EVp=EVp+eVbi
であり、
np=NCexp(-EC-𝜇p
kBT
)
=NCexp(-EC+eVbi-(𝜇p+eVbi)
kBT
)
=NCexp(-ECp-𝜇
kBT
)
さらにFermi 準位」EFとしてEF𝜇=𝜇p+eVbiとしてやれば、np=NCexp(-ECp-EF
kBT
)
n 型についてはそのまま
nn=NCexp(-EC-𝜇n
kBT
)
=NCexp(-ECn-𝜇
kBT
)
=NCexp(-ECn-EF
kBT
)
となって、どちらもこの記事の冒頭np, nn の式と一致していることが分かる。 そして n 型半導体側を基準として、電子 1 個当たりの全エネルギー Et/N を縦軸に取ったバンド図を描くと、p 型半導体側がポテンシャル分だけかさ上げされて、見慣れた図が得られることになる。 電子物性におけるバンド図は、電子 1 個当たりの内部エネルギーではなく、 1 個当たりの全エネルギーを縦軸にとって描かれたものであり、化学ポテンシャルも外部ポテンシャル分だけゲタをはかせることになる。即ち、それは電気化学ポテンシャルに他ならない。この描像においては、外部ポテンシャルに応じて変化する EC, EVpn 型によらず平衡状態では一定の 𝜇 との差によって電子密度も正しく求まる。そして 𝜇 のことを「Fermi 準位」と呼び EF で表す。
結論:Fermi 準位は電気化学ポテンシャルである。
電子工学の講義では、「化学ポテンシャルは場所によらずに一定だから、熱平衡時は pn 接合の両側でそれは一致する」ではなく、「電気化学ポテンシャルは場所によらずに一定だから、熱平衡時は pn 接合の両側でそれは一致する」と説明されるべきであった。
pn 接合
今度は p 型半導体、n 型半導体を直接、接触させる場合を考える。ここでも事前に熱浴に接触させて温度は T でそろえておくことにする。サイズはマクロな大きさで、それぞれ、接合から十分に離れた場所の電子・正孔密度は接触前と変わらないと仮定しよう。即ち遠方での化学ポテンシャルはそれぞれ 𝜇p, 𝜇n のままである。サイズの検討は最後に行う。 接触前は p 型ではイオン化したアクセプター(と少数キャリアの電子)と、正孔の密度は等しく、 n 型ではイオン化したドナー(と少数キャリアの正孔)と、電子の密度は等しく、ともに各点で電気的に中性を保っている。 p 型と n 型を接触させると、p 側から正孔が n 側へ、n 側から電子が p 側へと拡散していき、それぞれ拡散した先で多数キャリアと再結合して消滅する。イオン化したアクセプター、ドナーは固定電荷であるため、接合面をはさんで電荷がむき出しの電気 2 重層ができる。電場の向きは n 側から p 側となり、電位は n 側が高く、従って、電子に対するポテンシャルは p 側が高くなる。この電気 2 重層が先ほどの電池の役割を担い、やがて平衡状態に達し、接合から十分に離れた場所の電子・正孔密度は接触前と変わらない状態となる。この電位差を拡散電位 もしくは造り付け電位 built in potential Vbi と呼ぶ。 図のように x 軸をとり、接合の位置を原点 x=0 とする。先ほどの電池の例とは逆になるが、静電ポテンシャル 𝜑(x) が正(か 0 )の値を取るように、x=- を基準点 𝜑(-)=0 とする。 温度は常温で、アクせプター、ドナーともに全てイオン化しているものとし、密度を NA,ND とする。接合から十分遠方のバルク領域における正孔、電子密度は、a
p(-)=pn0=NA
,a
n()=nn0=ND
としてよい(「枯渇領域/出払い領域」の近似)。 先ずは熱力学の流儀で考えよう。各点の電子、正孔密度はボルツマン近似で
n(x)=NCexp(-EC-𝜇(x)
kBT
)
p(x)=NVexp(-𝜇(x)-EV
kBT
)
電子密度は場所によらない伝導帯下端と場所によって変化する化学ポテンシャルの差で与えられる。正孔密度も同様、場所によって変化する化学ポテンシャルと場所によらない価電子帯上端の差で与えられる。この時点では 𝜇(x) は未知の関数である。 静電ポテンシャルを 𝜑 とする。平衡状態において電気化学ポテンシャルは一定だから
𝜇=𝜇(x)-e𝜑(x)=const
=𝜇(-)=𝜇p
=𝜇()-eVbi=𝜇n-eVbi
より、電子、正孔密度は 𝜑 の関数となる。
n(x)=NCexp(-EC-(𝜇+e𝜑(x))
kBT
)
=NCexp(-EC-(𝜇n-e(Vbi-𝜑(x))
kBT
)=NDexp(-e(Vbi-𝜑(x))
kBT
)
p(x)=NVexp(-𝜇p+e𝜑(x)-EV
kBT
)=NAexp(-e𝜑(x)
kBT
)
積をとって
n(x) p(x)=NCNVexp(-EC-EV
kBT
)=constn2i
=NANDexp(-eVbi
kBT
)
これより、拡散電位とアクセプター、ドナー密度の関係が求まる。Vbi=kBT
e
ln(NAND
n2i
)
実際にエピタキシャル成長法などで pn 接合を作成するときにパラメータとして制御できるのは、フェルミ準位や拡散電位ではなく、アクセプター、ドナー濃度の値となる。 静電ポテンシャル 𝜑 は、各点の電子、正孔、イオン化したアクせプター、ドナー密度を右辺とする、ポアソン方程式を満たす。d2𝜑
dx2
=-𝜌
𝜖
𝜌=a
e[-NA-n(x)+p(x)](x0)
e[ND-n(x)+p(x)](x0)
𝜖 は半導体の誘電率。 境界条件は
p(-)=pn0=NA
n(-)=n2i
NA
n()=nn0=ND
p()=n2i
ND
以上をポアソン方程式に代入することで、原理的に 𝜑 を求めることができ(電気 2 重層中のキャリアは無視できるとする空乏層近似がよく行われる)、各点の化学ポテンシャル、キャリア密度等、全てが決定されることになる。 𝜑 が求まったとして、その概形と、 1 電子あたりの内部エネルギーのバンド図を示すと以下のようになる。 先に説明した通り、本セクションでは p 型半導体のバルク部分 (x=-) をポテンシャルの基準 𝜑(-)=0 としているため、赤色の破線で示した電気化学ポテンシャルの位置は 𝜇p と一致し、 n 型半導体のバルク部分を基準としていた電池の場合と逆になっている。ポテンシャルの基準が変われば、空間的な位置によらない電気化学ポテンシャルの値も相対的に変化はするが、各点の化学ポテンシャルが一意に定まることには変わりがない。化学ポテンシャルが決まれば、電荷密度もまた一意に定まる。 次に電子物性の流儀で同じことを考える。 電子物性におけるバンド図は、縦軸に電子 1 個当たりの全エネルギー Et/N を取るのであった。今度は伝導帯下端、価電子帯上端は静電ポテンシャルに応じてシフトし、化学ポテンシャルを同じだけシフトさせた電気化学ポテンシャルは場所に寄らず一定となる。バンド図では電気化学ポテンシャルが前面に出てきて、これが「Fermi 準位」である。あわせて破線で示した、内部ポテンシャルを縦軸とするバンド図と比較してみてほしい。 熱力学の流儀から電子物性の流儀へと電子密度の式を変形するのは容易である。p 型半導体のバルク部分 x=- をポテンシャルの基準 𝜑(-)=0 としていることから、
n(x)=NCexp(-ECp-𝜇(x)
kBT
)
=NCexp(-ECp-e𝜑(x)-(𝜇(x)-e𝜑(x))
kBT
)
=NCexp(-EC(x)-𝜇
kBT
)
=NCexp(-EC(x)-EF
kBT
)
場所によって変化する伝導帯下端と、場所によらない「Fermi 準位」の差で与えられる。正孔密度も同様。
P(x)=NVexp(-𝜇(x)-EVp
kBT
)
=NVexp(-EF-EV(x)
kBT
)
どちらの流儀でも、電子・正孔密度を正しく求めることができる。
まとめ:Fermi 準位は電気化学ポテンシャルである。 バンド図は、・熱力学の流儀:縦軸は電子 1 個当たりの内部エネルギーであり、 化学ポテンシャルは場所によって変化する。 バンド端は場所によらない。 ・電子物性の流儀:縦軸は電子 1 個当たりの全エネルギーであり、 電気化学ポテンシャルは場所によって一定。 バンド端は場所によって変化する。
バンド図を見たとき、その縦軸が電子 1 個当たりの内部エネルギーを表しているのか、それとも外部ポテンシャル込みの全エネルギーを表しているのかに注意すれば混乱することはないだろう。 最後にサイズの確認をしておこう。Si 結晶の pn 接合において、電子の電荷 e=1.6×10-19C, 真空の誘電率 𝜖=8.85×10-14 F/cm, Si の比誘電率 𝜖Si=11.8,ni=1.5×1010/cm3, NA=ND=1017/cm3 常温で kBT=30 meV としてVbi=kBT
e
ln(NAND
n2i
)0.94 [V]
導出は省いて結果だけを記すが、空乏層近似で空乏層幅 w は、w=[2𝜖Si𝜖Vbi
eNAND
(NA+ND)]1/20.16[µm]
サイズとしては mm 単位の試料を用意すれば、十分な大きさであることが分かる。

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