第一部 内在的 (intrinsic) な曲面論
内在的な曲面論
━━ 平行移動ということ
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内在的 (intrincic) と外在的 (extrinsic) 外在的 (extrinsic) な曲面論とは、これまで慣れ親しんだものの見方で、対象の n 次元曲面をより高次の n+1 次元のユークリッド空間に埋め込んで、「外から」曲面をとらえる方法であり、対して内在的 (intrinsic) な曲面論とは高次の空間を前提とせず、曲面に属する点に付随する量の関係のみを用いて曲面の特徴を記述しようとする考え方である。 内在的 (intrinsic) な曲面論 ━━ 外の世界を前提としない曲面論では、対象の平坦性を考えるにあたり、『平行移動』の概念がその鍵となってくる。直感的な例として、球面における『平行移動』が分かりやすいので、そのおおまかな考え方と、外から見ずに、なぜわざわざそんな面倒なことをする必要があるのかについて、説明しておこう。定式化はこの後に続くチャプターで順を追って展開していく。 ※以下は高校生/受験生向け『微積物理』 > Topics: ベクトルの平行移動 ━━ 相対論への第一歩 の一部を抜粋、手直ししたものです。※ 球面における平行移動 空間/曲面が Flat でない場合の例として、球面上の経路に沿った『平行移動』を、数式は抜きで、その考え方を図だけで簡単に説明しておこう。 内在的な立場: 3 次元に浮かんだ球面を外から眺めるのではなく、アリのように球面上に閉じ込められた視点で考える。そこでのベクトルは 2 次元の接平面内に限定され、球面に垂直な方向の成分は持たない(存在を認識できない)。 【 経路について 】球面上に閉じ込められたアリにとって、「まっすぐ」、『直線』とは何かを考えると、平面(ユークリッド空間)における直線とはなんであったかを改めて考えてみなければならない。それは、曲線群の中で 2 点間を最短で結ぶものであった。球面においても、球面上の 2 点を最短で結ぶ球面に沿った経路を『直線』と考えるのがよさそうである。それは 2 点を含む大円に沿った経路となる。従って、子午線と赤道に沿う経路はそれぞれ最短経路、『直線』ということになる。 子どもの頃、東京発、サンフランシスコ着の飛行機の経路が、アリューシャン列島付近を経由している(メルカトル図法の)地図を見て、どうしてまっすぐ最短で行かずに曲がった経路をとるのだろうと不思議に思っていたが、実はこれが大圏航路(大円に沿った経路)で、地表上の経路としては最短なのであった。 【 ベクトルの内在的な『平行移動』について 】内在的な『平行移動』についても、何をもって『平行移動』とするのか、ルールを決めてやらねばならない。平面(ユークリッド空間)における平行移動とは何だったかを考えると、ベクトルの長さを保った状態で、ベクトルと、2 点間を結ぶ直線とのなす角度一定のまま移動させることだった。球面上でも、最短経路、『直線』に沿ったベクトルの『平行移動』は、進行方向となす角度一定で、その長さも一定としてやればよいだろう。 以上の考察をもとに、想像してみてほしい。あなたは物理の実験家で、赤道上の北緯 0 度、東経 0 度(位置 A )に立っている。手には画用紙を水平に持ち、画用紙にはその時点で北向きの矢印が書き込まれている。ここからこの矢印が平行移動と思えるように画用紙を保ったまま、北極(位置 P )まで、移動を始める。 経路 I:本初子午線に沿って北へ移動。矢印は北を向いているので、進行方向と同じ方向。そのまま、矢印を北へ向けたまま北極(位置 P )まで進む。 経路 II-a:赤道に沿って、東に移動。矢印は北を向いているので、進行方向と直角。そのまま、矢印を北に向けた状態で、北緯 0 度、東経 90 度(位置 B )まで進む。経路 II-b:位置 B から子午線に沿って北へ移動。矢印はここでも北を向いているので、進行方向と同じ方向。そのまま、矢印を北へ向けたまま北極(位置 P )まで進む。 ABP 移動中、水平に保っていた画用紙が各点における接平面に相当する。 さて、北極(位置 P )でのそれぞれの矢印の向きは如何?図の通り、通ってきた経路によって向きが異なっていることが分かるだろう。こうなった理由が、対象としている面:球面が Flat ではないから、ということになる。 これに対して、外在的な立場:球面を埋め込んだ、3 次元のユークリッド空間から眺めると、子午線に沿ってのベクトルの内在的な『平行移動』は、ベクトルの向きが子午線に沿って変わっていくように見える(くどいようだが内在的な立場:: 2 次元球面に束縛されたアリの立場では球面に垂直方向の成分を認識できず、子午線に沿って「可能な限り」『平行移動』させた結果が上の図となる)。向きが変ってしまう以上、それは平行移動ではないと言いたくなるかもしれない。 しかし、重要なことは、この考え方を使えば、アリは球面から外に出られないにも関わらず、自分のいる面が Flat なのか、それとも歪んでいるのか、外に出ることなくして知ることができるということである。これはちょっと驚きではないだろうか? それともやはり、わざわざそんなことをしなくても、外から、より高次の次元から見てやればよいではないか、と思うだろうか?自分も最初、そう思ったが、外からは見られないものがあった。それは我々の属する、空間に時間を加えた 4 次元時空。人間も 4 次元時空から外、より高次の次元に出ることはできない。より高次の視点で見ると、 4 次元時空で平行移動したつもりのベクトルは、実は向きが変っているのかもしれない。アリは低次元の存在だからなどと見くびってはならない。アリも人間も、大差ない。 それでも、この 4 次元時空が Flat なのか、そうでないのか、ベクトルを異なる経路に沿って移動してみればその答えが分かるのである。 一方で、外在的な立場の(3 次元ユークリッド空間における通常の意味における)平行移動では、平行移動されたベクトルは球面:自分のいる曲面の接平面から飛び出してしまうことになり、曲面に閉じ込められたアリの立場では認識できない。認識できないベクトルよりも、各点で認識できるベクトルを相手にするほうが、このように役に立つ。それならば、いっそ知ることが不可能な高次の視点なら・・・を捨て、この内在的な『平行移動』をベクトルの平行移動と考えてしまうことにしよう。 見方を変えると、これは、平行移動について、Flat な空間と歪んだ空間では大きな違いがあることを示唆している。歪んだ空間では大域的な平行移動というものは存在しない。これは Flat な空間では当たり前だったことがもはや成り立たないということを意味しており、異なる場所のベクトルが平行か、そうでないかは、経路を与えられない限り、判断することはできなくなる。 ここで扱った歪みを内在的曲率と言い、最短経路、『直線』のことを測地線と呼ぶ。 ※ここまで抜粋と一部手直し※ 先述のとおり、我々は 4 次元時空から外に出ることはできないので、時空の物理学 ━━ 一般相対性理論を学ぶためには、数学的な道具立てとして、内在的な曲面論が大いに役立ちそうなことがお分かりいただけるだろう。 いきなり平行移動を定式化することはできないので、先ずは接平面に属するベクトルを考えよう。曲面の各点に値を持つ関数と、その方向微分を考えることができ、これを用いて、接平面に属するベクトルを現代的に定義することができる。 以降では、対象となる曲面: n 次元超曲面 M は球面の例のように、任意の点で接平面(接空間)を取ることができるものとする。