Topics: ベクトルの平行移動 ━━ 相対論への第一歩
a
※本チャプターは、一般相対性理論において平坦でない時空を取り扱うための準備を、ユークリッド空間における極座標を例として展開したものとなります。大学受験で必要となることはありませんが、ここまでの知識と道具でどこまで行けるか、やってみよう。 極座標における、ベクトルの平行移動を考えたい。 ここでも、極座標 ( r , 𝜃 ) と、位置によって向き・大きさも変化する 座標基底 ( e r , e 𝜃 ) を採用する。そのメリットは、成分と基底の変換行列が互いに逆行列となることだった。 話の流れとしては、 ベクトルの座標変換 ━━ 極座標を例として のセクション「極座標におけるベクトルの時間微分」の続きとなる。導出の過程もこの後すぐに使うので、ここに再掲することとする。 極座標におけるベクトルの時間微分(再掲) 物理学の世界では、時間微分をドット ␒ と略記することが多い。 例えば運動量の時間微分 d p
dt ≡ ␒ p など。ここではこの記述法を採用する。 まずは物体の軌跡に関して、速度ベクトル。 速度ベクトルは位置ベクトル r を時間で微分すればよいのだが、位置ベクトルと、極座標の座標基底とは少し相性が悪い。 ぱっと見、 r = r e r を微分すれば問題ないのでは?と思ってしまうが、その e r はどの点における e r なのか? 原点なのか、それとも軌跡上の点なのか? そもそも、極座標では原点は除外していた。 そこで、点 P における速度ベクトル v は次のように求める。 v = ␒ r = ( e x e y ) a = ( e x e y ) a ␒ r cos 𝜃 - r sin 𝜃 ␒ 𝜃 ␒ r sin 𝜃 + r cos 𝜃 ␒ 𝜃
= ( e x e y ) a a = ( e x e y ) a a = ( e r e 𝜃 ) a
位置ベクトルは極座標では表現できなくても、速度ベクトルは表現できた。 ひとたび v が極座標とその座標基底で表せれば、加速度 ␒ v はライプニッツ則を用いて、 ␒ v = ( e r e 𝜃 ) a + ( ␒ e r ␒ e 𝜃 ) a = ( e r e 𝜃 ) a + ( e x e y ) a - sin 𝜃 ␒ 𝜃 - ␒ r sin 𝜃 - r cos 𝜃 ␒ 𝜃 cos 𝜃 ␒ 𝜃 ␒ r cos 𝜃 - r sin 𝜃 ␒ 𝜃
a = ( e r e 𝜃 ) a + ( e x e y ) a - 2 ␒ r sin 𝜃 ␒ 𝜃 - r cos 𝜃 ␒ 𝜃 2 2 ␒ r cos 𝜃 ␒ 𝜃 - r sin 𝜃 ␒ 𝜃 2
= ( e r e 𝜃 ) a + ( e x e y ) a a = ( e r e 𝜃 ) a
自分の知っている、極座標の場合の加速度成分と少し違うと思った人は、次の次のセクション 極座標に正規直交基底を選ぶこともできる まで待ってほしい。 同じことを今度は一般のベクトル V = ( e r e 𝜃 ) a で行ってみよう。 ␒ V = ( e r e 𝜃 ) a + ( ␒ e r ␒ e 𝜃 ) a = ( e r e 𝜃 ) a + ( e x e y ) a - sin 𝜃 ␒ 𝜃 - ␒ r sin 𝜃 - r cos 𝜃 ␒ 𝜃 cos 𝜃 ␒ 𝜃 ␒ r cos 𝜃 - r sin 𝜃 ␒ 𝜃
a = ( e r e 𝜃 ) a + ( e x e y ) a - sin 𝜃 ␒ 𝜃 V r - ( ␒ r sin 𝜃 + r cos 𝜃 ␒ 𝜃 ) V 𝜃 cos 𝜃 ␒ 𝜃 V r + ␒ ( r cos 𝜃 - r sin 𝜃 ␒ 𝜃 ) V 𝜃
= ( e r e 𝜃 ) a + ( e x e y ) a a = ( e r e 𝜃 ) a
このおそろしい結果を覚える必要は全然ない。 理解しておくことは、基底が位置によって変化する場合、ベクトルの時間微分をとるには、成分だけでなく、基底も微分する必要があるということ。 そして、同じ基底を使って結果を表現するため、基底を微分した寄与分が成分側に出てきて、そのしわ寄せがいく、ということが分かれば十分である。 余談だが、一般相対論では各点で基底を考え、その基底が位置により変化する。そのため、微分をとると、このように余分な項が出てくる。この考え方が共変微分へとつながっていく。 ======ここまで再掲====== 位置によって変化する座標基底 ( e r , e 𝜃 ) の時間微分を、時間変化しない基底 ( e x , e y ) の各成分についての時間微分に置き換えるという手法を覚えておいてほしい。 では、本題に入ろう。 経路に沿ったベクトルの平行移動 ベクトルの空間移動による効果だけを考えたいので、ベクトルの時間依存を除くため(同じ場所でも時間変化があるだろう)、ここでは時間は止めて考える。よって、変数・パラメータには時間は含まれない。 ある経路 C の成分は、 s をパラメータとして、 C : { r = r ( s ) , 𝜃 = 𝜃 ( s ) , a ≤ s ≤ b } と表せる。 C ( s ) から C ( s + Δs ) に向かう微小変位ベクトルは 𝛥 q = 𝛥r e r ( s ) + 𝛥𝜃 e 𝜃 ( s ) となるので、接ベクトル U は U ≡ lim 𝛥s → 0 𝛥 q
𝛥s = dr
ds e r ( s ) + d𝜃
ds e 𝜃 ( s ) となる。 e r , e 𝜃 は点 ( r ( s ) , 𝜃 ( s ) ) が移動するにつれて変わることに注意。本来は、 e r ( r ( s ) , 𝜃 ( s ) ) と記載すべきだが、ここでは e r ( s ) と略記した。 点 Q ( r ( s 0 ) , 𝜃 ( s 0 ) ) におけるベクトル V を、 C ( s ) に沿って平行移動させたものを V ∥ ( s ) とする。 V ∥ は変数 r ( s ) , 𝜃 ( s ) を通してのみ、経路パラメータ s の影響を受ける。 V ∥ = V ∥ ( r ( s ) , 𝜃 ( s ) )
𝜃 r Q O 𝛥 q V = V ∥ ( s 0 ) V ∥ ( s 0 + 𝛥s ) C ( s ) V ∥ ( s ) U
成分 a の従うべき方程式はどうなるだろう? 基底が変化するから、当然、成分側も変化してつじつまがあうようにならなければならない。 成分は影、ベクトルは実体であることを思い出そう。どの基底/座標系であれ、 d V ∥
ds = 0 が成り立っていれば、同一のベクトル、すなわち平行移動されたものと考えられる。 ライプニッツ則より d V ∥
ds = dV ∥ r
ds e r + V ∥ r d e r
ds + dV ∥ 𝜃
ds e 𝜃 + V ∥ 𝜃 d e 𝜃
ds となるが、実は途中までの計算は既に終わっている。 ␒ V = d V
dt の導出で、 t に関する微分の ␒ (ドット)のついた項を s に関する微分 d
ds で置き換えればよい。 d V ∥
ds = ( e r e 𝜃 ) a dV ∥ r
ds - r d𝜃
ds V ∥ 𝜃 dV ∥ 𝜃
ds + d𝜃
ds V ∥ r + dr
ds V ∥ 𝜃
r
V ∥ は r ( s ) , 𝜃 ( s ) を介して s の関数であることから dV ∥ r ( r ( s ) , 𝜃 ( s ) )
ds = ∂V ∥ r
∂r dr
ds + ∂V ∥ r
∂𝜃 d𝜃
ds に留意して更に計算を進めると(偏微分については 大学での数学 ベクトル線積分━━ エネルギー保存則再訪 を参照のこと。差し当たり、他の変数を定数と思って、ある変数について微分を行うものと思っていてください)、 d V ∥
ds = ( e r e 𝜃 ) a ∂V ∥ r
∂r dr
ds + ∂V ∥ r
∂𝜃 d𝜃
ds - r d𝜃
ds V ∥ 𝜃 ∂V ∥ 𝜃
∂r dr
ds + ∂V ∥ 𝜃
∂𝜃 d𝜃
ds + V ∥ r
r d𝜃
ds + V ∥ 𝜃
r dr
ds
= ( e r e 𝜃 ) a これが極座標における、経路 C に沿って平行移動したベクトル V ∥ の満たすべき方程式である。 少し整理してやると、行列と縦ベクトル(成分)の積に書き直すことができて、 d V ∥
ds = ( e r e 𝜃 ) a ∂V ∥ r
∂r , ∂V ∥ r
∂𝜃 - rV ∥ 𝜃 ∂V ∥ 𝜃
∂r + V ∥ 𝜃
r , ∂V ∥ 𝜃
∂𝜃 + V ∥ r
r
a = 0 と変形できる。この式は、接ベクトル U の成分 dr
ds , d𝜃
ds は与えられていて既知、 V ∥ r , V ∥ 𝜃 についての方程式である。 注目すべきは、各項に関し、 ・縦ベクトル(成分)は経路 C の接ベクトル U についての情報のみからなり、 平行移動したいベクトル V ∥ にはよらない、つまり 平行移動したいベクトルとは独立に決まり、その 影響は受けない 一方、 ・行列は V ∥ についての情報のみからなり、経路 C にはよらない、つまり経路とは独立に決まり、その影響は受けない という構造となっており、綺麗に V ∥ 由来と経路 C 由来に分離されていることである。 この行列は、接ベクトル U に作用して、結果としてベクトルを与える働きをしていると考えることができる。そうすると、この行列は V ∥ を特徴づける、何か特殊な量なのではないかと思えてくる。 この行列の各成分を共変微分と呼ぶのだが、残念ながら、大学受験と、その少し先の知識で行けるのはここまで。数式の展開自体は終わっているのだが、その指し示すところを本当に理解するには相対基底、微分 1 - form 、 a テンソルなど、道具立てが足りない。 大学を楽しみにしていてもらいたい。そこでは上の方程式は、 ∇ U V ∥ = 0 と記述される。 ここまでやってきた、「経路に沿っての平行移動」とは妙な言い回しだと思うかもしれない。 また、一体、この話のどこが一般相対性理論とつながっていくのかも気になることだろう。 実は歪んだ空間では経路によって、平行移動の結果が異なる。平行移動が経路によらないのは、 Flat な平面に限る。逆にこれを使って、考えている空間(または面)が Flat かどうかを判断することができるのである。 極座標(ユークリッド空間)は Flat なことの確認 先ずは、ここで採り上げたユークリッド空間における極座標の場合は、空間が Flat なので平行移動は経路によらないことを確認しておこう。 V 0 , 𝛼 を定数として、極座標の各点における、同一のベクトルは V ∥ ( r , 𝜃 ) = ( e r e 𝜃 ) a となることは明らか。それぞれ、平行移動されたベクトルと考えることができる。 確認のため、これを先ほどの行列に代入してみると、 a ∂V ∥ r
∂r , ∂V ∥ r
∂𝜃 - rV ∥ 𝜃 ∂V ∥ 𝜃
∂r + V ∥ 𝜃
r , ∂V ∥ 𝜃
∂𝜃 + V ∥ r
r
= a 0 , V 0 sin ( 𝛼 - 𝜃 ) - V 0 sin ( 𝛼 - 𝜃 ) - V 0 sin ( 𝛼 - 𝜃 )
r 2 + V 0 sin ( 𝛼 - 𝜃 )
r 2 , - V 0 cos ( 𝛼 - 𝜃 )
r +- V 0 cos ( 𝛼 - 𝜃 )
r
= a
となり、行列の全成分が 0 となるので、縦ベクトルの成分によらず、常に d V ∥
ds = 0 が成り立つことが分かる。従って、ユークリッド空間の極座標の場合、平行移動は経路によらない。 また、平行移動したベクトルが、 V ∥ ( r , 𝜃 ) = ( e r e 𝜃 ) a と、その点の位置情報 ( r , 𝜃 ) と、定数 V 0 , 𝛼 のみで表現されていたことからも、ベクトルの平行移動は経路によらない。直感的にも当然だろう。
A B V ∥ O 経路が直線の場合は、直線と平行移動されたベクトルのなす角度は常に一定となっている。 平行移動の方程式の話に戻ると、各成分は、対象となる空間/曲面や座標系の取り方に応じて変化するが、 Flat でない空間/曲面でも、平行移動の方程式は d V ∥
ds = 0 で与えられ、同じように、平行移動したいベクトルの情報のみからなる行列と、経路情報のみからなる縦ベクトルの成分の積の形に書くことができる。 歪んだ空間では、行列自体を 0 とするような V ∥ の解は存在せず、与えられた経路の各点における接ベクトルに対応して V ∥ が決まる、いわば行列とゼロ固有ベクトルのような関係となっている。それ故、ベクトルの平行移動は、その経路に依存することになる。 球面における平行移動 空間/曲面が Flat でない場合の例として、球面上の経路に沿った平行移動を、数式は抜きで、その考え方を図だけで簡単に説明しておこう。 極座標の平面を 2 次元で扱ったように、ここでも、 3 次元に浮かんだ球面を外から眺めるのではなく、アリのように球面上に閉じ込められた視点で考える。そこでのベクトルは 2 次元の接平面内に限定され、球面に垂直な方向の成分は持たない。 【 経路について 】 球面上に閉じ込められたアリにとって、「まっすぐ」、「直線」とは何かを考えると、平面(ユークリッド空間)における直線とはなんであったかを改めて考えてみなければならない。それは、曲線群の中で 2 点間を最短で結ぶものであった。 球面においても、球面上の 2 点を最短で結ぶ球面に沿った経路を「直線」と考えるのがよさそうである。 それは 2 点を含む大円に沿った経路となる。従って、子午線と赤道に沿う経路はそれぞれ最短経路、「直線」ということになる。 子どもの頃、東京発、サンフランシスコ着の飛行機の経路が、アリューシャン列島付近を経由している(メルカトル図法の)地図を見て、どうしてまっすぐ最短で行かずに曲がった経路をとるのだろうと不思議に思っていたが、実はこれが大圏航路(大円に沿った経路)で、地表上の経路としては最短なのであった。 【 ベクトルの平行移動について 】 こちらも、平面(ユークリッド空間)における平行移動とは何だったかを考えると、ベクトルの長さを保った状態で、ベクトルと、 2 点間を結ぶ直線とのなす角度一定のまま移動させることだった。 球面上でも、最短経路、「直線」に沿ったベクトルの平行移動は、進行方向となす角度一定で、その長さも一定としてやればよいだろう。 以上の考察をもとに、想像してみてほしい。あなたは物理の実験家で、赤道上の北緯 0 度、東経 0 度(位置 A )に立っている。手には画用紙を水平に持ち、画用紙にはその時点で北向きの矢印が書き込まれている。ここからこの矢印が平行移動と思えるように画用紙を保ったまま、北極(位置 P )まで、移動を始める。 経路 I : 本初子午線に沿って北へ移動。矢印は北を向いているので、進行方向と同じ方向。そのまま、矢印を北へ向けたまま北極(位置 P )まで進む。 経路 II - a : 赤道に沿って、東に移動。矢印は北を向いているので、進行方向と直角。そのまま、矢印を北に向けた状態で、北緯 0 度、東経 90 度(位置 B )まで進む。 経路 II - b : 位置 B から子午線に沿って北へ移動。矢印はここでも北を向いているので、進行方向と同じ方向。そのまま、矢印を北へ向けたまま北極(位置 P )まで進む。
A B P 移動中、水平に保っていた画用紙が各点における接平面に相当する。 さて、北極(位置 P )でのそれぞれの矢印の向きは如何? 図の通り、通ってきた経路によって向きが異なっていることが分かるだろう。こうなった理由が、対象としている面:球面が Flat ではないから、ということになる。 子午線に沿ってのベクトルの平行移動を球面の外から、即ち、より高次の次元の視点から眺めると、ベクトルの向きが子午線に沿って変わっていくように見えるが、 2 次元に束縛されたアリの立場では球面に垂直方向の成分を認識できず、子午線に沿って「可能な限り」平行移動させた結果が上の図となる。 「可能な限り」とは、ここでは実際の計算は行わないが、これら経路に沿っての平行移動は球面上にとった 2 次元の ( 𝜃 , 𝜙 ) 座標系(各点の基底は e 𝜃 , e 𝜙 の二つのみ)における方程式 d V ∥ ( 𝜃 , 𝜙 )
ds = 0 を満たしているということである。これもここでは触れないが、経路が最短経路、「直線」でない場合もやはり、この方程式に従って平行移動を考えることができる。 外から見ると、このやり方ではベクトルの向きが変ってしまうので、それは平行移動ではないと言いたくなるかもしれない。 しかし、重要なことは、この考え方を使えば、アリは球面から外に出られないにも関わらず、自分のいる面が Flat なのか、それとも歪んでいるのか、外に出ることなくして知ることができるということである。これはちょっと驚きではないだろうか? それともやはり、わざわざそんなことをしなくても、外から、より高次の次元から見てやればよいではないか、と思うだろうか?自分も最初、そう思ったが、外からは見られないものがあった。それは我々の属する、空間に時間を加えた 4 次元時空。人間も 4 次元時空から外、より高次の次元に出ることはできない。より高次の視点で見ると、 4 次元時空で平行移動したつもりのベクトルは、実は向きが変っているのかもしれない。 アリは低次元の存在だからなどと見くびってはならない。アリも人間も、大差ない。 それでも、この 4 次元時空が Flat なのか、そうでないのか、ベクトルを異なる経路に沿って移動してみればその答えが分かるのである。 自分のいる次元から飛び出してしまい、認識できないベクトルよりも、各点で認識できるベクトルを相手にするほうが、このように役に立つ。それならば、いっそ知ることが不可能な高次の視点なら・・・を捨て、このやり方をベクトルの平行移動と考えてしまうことにしよう。 見方を変えると、これは、 平行移動について、 Flat な空間と歪んだ空間では大きな違いがあることを示唆している。 歪んだ空間では大域的な平行移動というものは存在しない。これは Flat な空間では当たり前だったことがもはや成り立たないということを意味しており、異なる場所のベクトルが平行か、そうでないかは、経路を与えられない限り、判断することはできなくなる。 ここで扱った歪みを内在的曲率と言い、最短経路、「直線」のことを測地線と呼ぶ。 先述のとおり、我々は 4 次元時空から外に出ることはできないので、時空の物理学 ━━ 一般相対性理論における興味の対象は内在的な曲率となる。 円筒面における平行移動 最後に、より高次の次元から見ると曲がっているが、内部から見ると平坦と観測される例を挙げておこう。それは円筒の表面。 円筒の表面は、長方形で展開図を作ることができるので、 2 点間を結ぶ最短経路を求めることは簡単である。一旦、円筒の表面をはがして展開図に戻し、 2 点を直線で結び、円筒をまた作ってやればそれが円筒面に沿った最短経路、「直線」となる。 「直線」として、筒方向に向かう 2 本と、円周方向に向かう 2 本を選び、 loop を作る。 経路 I : 点 A から筒方向に点 B へ進む。点 B から円周方向に点 D まで進む。 経路 II : 点 A から円周方向に点 C へ進む。点 C から筒方向に点 D まで進む。 点 A におけるベクトルとして、筒方向と直角の方向(円周の方向)に向いたベクトルをとる。このベクトルを各径路について、平行移動させていくが、ベクトルはやはり、各点における接平面( 2 次元)に閉じ込められている。
展開図 A B C D D C A B 各径路は最短経路、「直線」なので、平行移動は進行方向となす角度一定で進めればよい。 結果はベクトルは常に円周方向を向き、どちらの経路を経由したベクトルも点 D で一致する。 故に、円筒の表面に閉じ込められたアリから見ると、円筒の表面は Flat であると結論される。 また、円筒の表面では平行線はどこまで延長しても交わらない。球面の場合、赤道上では各子午線はそれぞれ赤道に直角で平行だったが、南極、北極で交わるのとは対照的である。 実際、円筒の表面においてはユークリッドの公理はすべて満たされ、平面と同じ幾何学が成り立つ。すなわち、アリにとって、円筒の表面は Flat である。 ただし、大域的に見ると、円周方向に進むと元の場所に戻ってきてしまうという、トポロジー的におかしなことは起こる。 このように、対象となる面を、より高次の次元の直線や平面に比べた場合の歪みを、外在的曲率と言う。 結局のところ、自分たちが属する時空間で把握できるのは内在的曲率のみなので、もしかするとこの宇宙も、仮にベクトルを異なる経路で平行移動して、 Flat であると結論しても、実はある方向にどこまでも「まっすぐに」進んでいくと、元の場所に戻ってきてしまうのかもしれない。 ベクトルの平行移動という、意外なところに一般相対性理論との接点があることがお分かりいただけただろうか。 平行移動が経路によらないのは、 Flat な平面に限る。 逆に経路に依存するかどうかによって、 対象の面が(内在的に) Flat かどうかを判定できる。 ここまでお話ししてきたことの、この先の学問的な展開を簡単に紹介しておくと、曲面の内在的な幾何学はガウスによって創始され、数学の世界では、微分幾何学の一大分野となった。 我々の住む 4 次元時空の(内在的な)幾何学は、リーマン幾何学を経て、アインシュタインの一般相対性理論へと至り、時空が歪むその原因が、そこに物質が存在するためであると喝破されることになる。 もっとも、一般相対性理論に興味を持った方は、この順番で学ばなければならないということではない。たいていの相対論の教科書はリーマン幾何学から順をおって説明されており、その際、曲面論を知らなくても、困ることはないだろう。 お勧めの教科書は何と言っても、 Bernard Schutz : "A First Course in General Relativity" (シュッツ 相対論入門 Ⅰ/Ⅱ 丸善) です。原著は 2022 年に第 3 版へ改訂されていて、この分野のビッグイベント、 2015 年の重力波観測についても、アップデートされているそうです。自分にとっては全ての教科書、理系の読み物の中でナンバーワンの存在です。