テンソル
   ━━ 縮約とは何か


ベクトルを引数に取る線形写像 1-form も、「幾何学的実在」だった。「幾何学的実在」のベクトル、さらには 1-form を複数引数に取り、スカラーを与える多重線形写像も、座標系によらない。それらをテンソルと言う。
テンソル
超曲面 M 上の点 Pl 個の 1-formm 個のベクトルを引数に取り、スカラーを与える多重線形写像 T を考える。T:𝜔1,...,𝜔l,V1,...,Vm R ; 𝜔i T*PM, VjTPMTa
l
m
型テンソルと呼ぶ。 
また、T が超曲面 M 上の任意の点 P で定義できるとき、T をテンソル場と言う。 この見方によれば、ベクトルは a
1
0
型、1-forma
0
1
型テンソルに相当する。
a
l
m
型の多重線形写像 Ta
p
q
型の多重線形写像 S の積から (l+p) 個の 1-form(m+q) 個のベクトルを引数に取る、新たな a
l+p
m+q
型の多重線形写像 U を作ることができる。本カテゴリでは引数の順番は元のテンソルの引数の順通りとする。
𝜔i,𝜉k T*PM, Vj,WlTPMとして、
U(𝜔1,..,𝜔l,V1,..,Vm,𝜉1,..,𝜉p,W1,..,Wq)
T(𝜔1,..,𝜔l,V1,..,Vm)S(𝜉1,..,𝜉p,W1,..,Wq)
この操作をテンソル積 と呼ぶ。UTS テンソル積を用いて、先ずは a
0
1
型テンソル=1-form から a
0
2
型テンソルを作ってみよう。
1-form へのテンソル積
a
0
2
型テンソル T はベクトル V,W を引数に取り、スカラーを与える。
座標系を入れると、 T の双線形性を用いて
T(V,W)=T(Vi
∂ui
,Wj
∂uj
)
=ViWj T(
∂ui
,
∂uj
)
Tij ViWj
となり、TijT(
∂ui
,
∂uj
)
が求まれば任意の双線形写像 T は係数 Tij で表現できることが分かる。では T の基底はどうなるだろうか? そのために 1-form 𝜑, 𝜓 への演算子としてのテンソル積 を定義に従って次のように導入しよう。(𝜑𝜓)(V,W)𝜑(V) 𝜓(W)𝜑, 𝜓 それぞれに引数の順に従って V,W を代入し、得られたスカラーの積を取るものと定義する。2 個のベクトルからスカラーを与える写像なので、これも a
0
2
型テンソルである。各引数に対しての線形性も明らかだろう。蛇足ながら、引数は非可換であり、引数の順番によってその値は異なる。
(𝜑𝜓)(V,W)=𝜑(V) 𝜓(W)
𝜑(W) 𝜓(V)=(𝜑𝜓)(W,V)
座標系を入れてみると、
𝜑𝜓=(𝜑i dui)(𝜓j duj)
=𝜑i𝜓j duiduj
となることから、 a
0
2
型テンソルの基底は duiduj となることが予想される。
実際、ベクトルの座標基底と
( duiduj)(
∂ul
,
∂um
)
=dui(
∂ul
)duj(
∂um
)
=𝛿il 𝛿jm
の関係があることから、確かに座標基底の条件を満たすことが分かる。念のため、任意の a
0
2
型テンソル T についても確認しておくと、
T(V,W)Tij duiduj(V,W)
=Tij VlWm duiduj(
∂ul
,
∂um
)
=Tij VlWm𝛿il 𝛿jm
=Tij ViWj
となり、本セクションの冒頭の定義と一致している。 なお、任意の a
0
2
型テンソルは 𝜑𝜓 のように 1-form の直積で表せるとは限らないが、その線形和で表せることは基底表現
T=Tij duidujから分かるだろう。 まとめると、任意の a
0
2
型テンソル T は、TijR を係数として
T=Tij duidujで表され、ベクトル V,W を引数に取ってスカラーを与える。成分の引数の個数はテンソルの型に一致する。 また、例えばある曲線の速度ベクトル VT1 番目の引数に毎回、固定して代入したものを考えたいことがあるかもしれない。この時、T(V, )
T(V, )=Tij dui(V)duj
=Tij Vi duj
となるので、階数が a
0
2
から一つ下がって a
0
1
型テンソル、1-form となる。
テンソルの座標変換
a
0
2
型テンソルと同じように考えて、a
l
m
テンソル T
T=Ti1,...,il j1,...,jm
∂ui1
...
∂uil
duj1...dujm
と表される。 これが分かれば、座標変換は各基底に対する座標変換で自動的に定まる。
T=Ti1,...,il j1,...,jm
∂ui1
...
∂uil
duj1...dujm
=Ti1,...,il j1,...,jm∂uk' 1
∂ui1
∂uk' 1
...∂uk' l
∂uil
∂uk' l
∂uj1
∂ul' 1
dul' 1...∂ujm
∂ul' m
dul' m
=∂uk' 1
∂ui1
...∂uj1
∂ul' 1
...Ti1,...,il j1,...,jm
∂uk' 1
...
∂uk' l
dul' 1...dul' m
Tk' 1,...,k' l l' 1,...,l' m
∂uk' 1
...
∂uk' l
dul' 1...dul' m
これより、テンソル成分の座標変換は、Tk' 1,...,k' l l' 1,...,l' m =∂uk' 1
∂ui1
...∂uk' l
∂uil
∂uj1
∂ul' 1
...∂ujm
∂ul' m
Ti1,...,il j1,...,jm
となる。元の座標系の添え字 i,j がそれぞれ上下に現れていて、dummy index となっていることに注目してほしい(Einstein の規約から和を取って添え字としては消える)。 また、T の属する空間は、T が各 𝜔i (1il), Vj (1jm) に対して独立に線形となることから、それぞれに対する線形写像の空間である双対空間 TPM, T*PM のテンソル積空間となる。 TTPM...TPMl個T*PM...T*PMm個
テンソルの演算
テンソルの演算をまとめておこう。いづれも基底まで含めて考えれば自明だろう。 【スカラー倍】スカラーを 𝛼 としてテンソル T のスカラー倍 𝛼T は、同じ型のテンソル S を与える。成分は、Si1,...,il j1,...,jm=𝛼Ti1,...,il j1,...,jmとなる。 【和】型が同じテンソルどうしの和 T+S は、同じ型のテンソル U を与える。成分は、Ui1,...,il j1,...,jm=Ti1,...,il j1,...,jm+Si1,...,il 1,...,jmとなる。 【テンソル積】冒頭でも複数のテンソルから新たなテンソルを作る操作として説明したが、a
l
m
型テンソル Ta
p
q
型テンソル S のテンソル積 TS は、a
l+p
m+q
型テンソル U を与える。
成分は、Ui1,...,il    ,r1,...,rp   j1,...,jm    ,s1,...,sq=Ti1,...,il   j1,...,jmSr1,...,rp    s1,...,sqとなる。くどいようだが、座標基底込みで書くと、
U=Ui1,...,il    ,r1,...,rp   j1,...,jm    ,s1,...,sq
∂ui1
..
∂uil
duj1..dujm
∂ur1
..
∂urp
dus1..dusq
成分の添え字の順番と、基底の添え字の順番が上下対となって対応していることが分かるだろう。 もう一つ、縮約という演算があるのだが、これは次のセクションで詳しく説明しよう。
縮約とは何か
Einstein の規約に従って、テンソル成分の上下添え字に同じものがあれば、その和を取ることにより、a
l
m
型テンソル T からa
l-1
m-1
型テンソル T を得ることができる。これを縮約と言う。
その成分はあえて を書くとTi1,..,ip-1,ip+1,..,il j1,...,jq-1,jq+1,..,jm rTi1,.,p番目
r
,..,il
j1,..,rq番目,.,jm
となる。操作としてはいわゆる「対角和」をとることだから、簡単に思えるが、一体、これは何を意味しているのだろう?得られたテンソルは、果たして別の座標系でも同じ操作から得られるものなのだろうか? そのためには縮約という操作を分解して考えねばならない。 1-form への直積 で、与えられたテンソルの一部の引数に、予め固定したベクトルや 1-form を代入することで、階数の低いテンソルが得られることを見た。そこで p 番目と q 番目に、対応する座標基底 dur,
∂ur
を代入して上下の階数をそれぞれ一つずつ減らす操作を考えよう。
S T(...,durp番目,...,
∂ur
q番目
,...)
これはa
l-1
m-1
型テンソルである。成分も、
Ti1,...,il j1,...,jm
∂uip
(dur) dujq(
∂ujq
)
=𝛿rip 𝛿jqr Ti1,...,il j1,...,jm
=Ti1,.,p番目
r
,..,il
j1,..,rq番目,.,jm
Si1,..,ip-1,ip+1,..,il j1,...,jq-1,jq+1,..,jm
となるので、これを r について和を取ることで縮約が実現できる。 他の座標系でどうなるか、確認しよう。
T r T(...,durip番目,...,
∂ur
jq番目
,...)
= r k',l' T(...,∂ur
∂uk'
duk',...,∂ul'
∂ur
∂ul'
,...)
= r k',l'∂ur
∂uk'
∂ul'
∂ur
T(...,duk',...,
∂ul'
,...)
= k',l' r∂ur
∂uk'
∂ul'
∂ur
T(...,duk',...,
∂ul'
,...)
= k',l'𝛿l'k' T(...,duk',...,
∂ul'
,...)
= k' T(...,duk',...,
∂uk'
,...)
式変形について説明すると、1 番目の等号:座標系を ' (ダッシュ)系に変更2 番目の等号: T の線形性から係数を前に出す3 番目の等号:和の順序変更4 番目の等号:r についての和を実行結果、' (ダッシュ)系でも代入する基底も含め、全く同じ形となることが分かる。 注目すべきは、 T(...,durip番目,...,
∂ur
jq番目
,...)
はテンソルなので、座標変換によらないが、別の座標系では T(...,∂ur
∂uk'
duk',...,∂ul'
∂ur
∂ul'
,...)
となり、代入される 1-form 及びベクトルは座標基底ではなくなってしまう。
しかし、各基底のペアについての和を取った縮約は、別の座標系でも座標基底のペアを代入した和となり、代入する 1-form 及びベクトルの形(座標基底)も含めて、座標系によらない不変量となっていることである。 これが縮約の正体である。こうして、最初の疑問 ━━ 縮約も座標系によらないこと ━━ が分かった。この先、縮約は重要な場面で出くわすことになるが、安心して使うことにする。 ここまで、「幾何学的実在」であることにこだわってベクトル、1-form 、テンソルと順を追って説明してきたが、この事がなぜ重要かというと、一般相対論においても、時空は「幾何学的実在」であるべきだという信念が根底にあることによる。もしも時空の満たすべき方程式がベクトルやテンソルについての方程式で表すことができるならば、時空を座標系によらない、「幾何学的実在」であるとみなすことができるからである。 方程式には微分が必要になりそうな予感。ということで、次は座標系によらない微分である、共変微分について。そこではユークリッド空間ではほとんど無意識に行っていた、平行移動というものを改めて考えてみることが必要となる。ようやく、 内在的な曲面論 ━━ 平行移動ということ でイメージだけ説明するに留まった、『平行移動』を数式を用いて考察を進めていく準備が整った。

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