エネルギー保存則
   ━━ v との内積をとってみる


物体に働く力の自由度を三次元にして議論するには、数学が少し足りない。ここでは力が座標基底ベクトルと平行で、かつその大きさはその座標変数だけの一変数関数となる場合に話を限ることにする。けれど、問題を解く分にはここでの話で十分なことが多い。
エネルギーと仕事
今度は、運動方程式 mdv
dt
=F
の両辺に、左から速度ベクトル v との内積をとってみる。
m v dv
dt
= v F
左辺について、展開すると、| v |=v として、
m v dv
dt
=m(vxdvx
dt
+vydvy
dt
+vzdvz
dt
)=1
2
md
dt
(v2x+v2y+v2z)
=d
dt
(1
2
mvv)=d
dt
(1
2
mv2)
逆にたどれば計算は簡単だろう(合成関数の微分)。 右辺について、物体の位置ベクトルを r とすると、v F=Fdr
dt
各々等しいとおいてd
dt
(1
2
mv2)=Fdr
dt
両辺を時刻 tSから tE まで、時間で積分すると、 d
dt
(1
2
mv2)dt=Fdr
dt
dt
左辺について、
d
dt
(1
2
mv2)dt
=[1
2
mv2]tEtS
=1
2
mv2(tE)-1
2
mv2(tS)
右辺について、置換積分を形式的に行うと、Fdr
dt
dt=Fdr
1
2
mv2
を運動エネルギー、Fdr を物体が外部からなされた仕事と定義すると、
1
2
mv2(tE)-1
2
mv2(tS)=Fdr
「運動エネルギーの増し高は、外部からなされた仕事に等しい」。 現時点では、Fdr について、具体的に説明していない。 これはベクトルの線積分、もしくは接線線積分というもので、 F(r)𝛥r 方向の成分、即ち接線成分を Ft| 𝛥r |=𝛥s として、
Fdr F(r) 𝛥r = Ft(r) 𝛥s
=Ft ds
仕事とは(移動方向の力の大きさ) Ft ×(移動距離 )𝛥r の総和と考えてもらえばよい。 ここで | 𝛥r |=𝛥r としなかったのは、このあと、例題 3 で座標系として、極座標を扱うときに 𝛥r を別の意味で用いるので、混同を避けたいため。 ベクトルの線積分は高校数学の範囲を超えてしまうので、チャプターを改めて説明します。 運動方程式と v との内積をとる、この一連の操作をエネルギー積分という。
エネルギー保存則:力の大きさに原始関数が存在する場合
外力 F が、ある基底ベクトル ei と平行で、かつその大きさはその座標変数 xi だけの一変数関数となる場合を考えよう。 例えば、Fx 軸に平行なとき、その大きさは F(x) と表せ、他の変数や時間によらない、ということ。Fej =Fi(xi) 𝛿ijだから、軌跡の微小変位ベクトルを dr=dx ex+dy ey+dz ez= jdxj ej として、Fdr=Fi dxiと、外力と微小変位ベクトルの内積も、一変数の微小変位だけで表すことができる。このとき、運動エネルギーと仕事の関係式は、
1
2
mv2(tE)-1
2
mv2(tS)
=Fdr
=Fi dxi
この積分は手持ちの数学の道具を使って実行できる。 今、関数 Fi(xi) の原始関数が、Fi(xi)=-dU
dxi
の形で与えられるとすると、右辺は、
Fi dxi=-dU
dxi
dxi=[-U]xi(tE)xi(tS)
=-(U(xi(tE))-U(xi(tS)))
1
2
mv2(tE)-1
2
mv2(tS)
=-(U(xi(tE))-U(xi(tS)))
U(xi) をポテンシャル・エネルギーと定義して、先ほどと同じ言い方をすると、 「運動エネルギーの増し高は、ポテンシャル・エネルギーの減り高に等しい」。 移項して同じ時刻の項は同じ辺に持ってくると、
1
2
mv2(tE)+U(xi(tE))=1
2
mv2(tS)
+U(xi(tS))=Const.
「運動エネルギーとポテンシャル・エネルギーの和は時間によらず一定である」。 これを力学的エネルギー保存則という。 ポテンシャル・エネルギー U(xi) は位置だけの関数となっていて、時間にもよらない。言い方を変えると、物体がどういう経路でその位置に到達したか、という過去の経緯によらない。また、どの時刻にその位置に到達しても同じ値を与える。 近代科学の黎明:時代背景 のチャプターでお話した、ガリレオの振り子の実験を思い出そう。刃物で振り子の長さを変えても、左側の到達点 S は同じで、最下点での速度は等しかった。背景には力学的エネルギー保存則があり、 S における、一様重力場のポテンシャル・エネルギーが経路、時間によらず、S の位置(高さ)のみによることで説明されることが分かる。
例題 その 1 単振動
ニュートンの法則のところでやったバネの問題を考えよう。滑らかな床の上に置いた物体(質量 m )にバネ定数 k のバネがつながれている。物体を引き、t=0 に、バネが x0 だけ伸びた位置で手を離す。その後の物体 m の運動の保存量を調べよう。 バネが自然長となる時の、物体の位置を原点とするような座標系をとり、x 軸とする。 初期条件:a
(x(0),y(0))=(x0,0)
(vx(0),vy(0))=(0, 0)
物体を内界とし、これに働く力は、三つ。バネの力 F, 重力 mg , 垂直抗力 N (滑らかな床で摩擦無しとしているため、向きは垂直、大きさはこの段階では不明で N とおく)。 成分で表すと、x 方向: Fx=-kx y 方向: -mg, N y 方向は y(t)=0 なので、x 成分のみ、一次元の問題として考えればよい。x 方向の運動方程式は、a
mdvx
dt
=-kx
両辺に vx=dx
dt
との(内)積をとると、
a
mvxdvx
dt
=-kx
dx
dt
t=0 から t=t まで、時間で積分すると、
mvxdvx
dt
dt
=-kx dx
dt
dt=-kx dx
[1
2
mv2x(t)]t0
=-[1
2
kx2]x(t)x(0)
1
2
mv2x(t)-1
2
mv2x(0)
=- 1
2
kx2(t)+1
2
kx20
初期条件を代入して、同じ時刻の項は同じ辺に持ってくると、1
2
mv2x(t)+1
2
kx2(t)=1
2
kx20=const.
「バネの運動の力学的エネルギーは保存する」。 1
2
kx2
をバネによるポテンシャル・エネルギーという。
例題 その 2 放物線
一様な重力場 g 中で時刻 t=0 に物体 m を原点から速度 v0=(vx0, vy0) で放り出したときの運動の保存量を調べよう。 初期条件:a
(x(0),y(0))=(0,0)
(vx(0),vy(0))=(vx0, vy0)
物体に働く力は重力 mg のみ。運動方程式は、m d v
dt
=m g a
a
mdvx
dt
=0
a
mdvy
dt
=-mg
両辺に v=dr
dt
との内積をとると、
m vd v
dt
=m gdr
dt
=-mg dy
dt
t=0 から t=t まで、時間で積分すると、
m vd v
dt
dt
=-mg dy
dt
dt =-mg dy
[1
2
m{v2x(t)+v2y(t)}]t0
=-[mgy]y(t)y(0)
1
2
m{v2x(t)+v2y(t)}-1
2
m{v2x(0)+v2y(0)}
=-mgy(t)+mgy(0)
初期条件を代入して、同じ時刻の項は同じ辺に持ってくると、 1
2
m{v2x(t)+v2y(t)}+mgy(t)=1
2
m{v2x0+v2y0}=const.
「一様重力場中の力学的エネルギーは保存する」。 mgy を一様重力場のポテンシャル・エネルギーもしくは位置エネルギーという。
例題 その 3 惑星の運動
M を太陽、m を惑星として、太陽を原点とする座標系をとる。角運動量保存則のセクションで説明したように、太陽から惑星への重力は中心力となるから、惑星の角運動量ベクトルは保存する。つまり、軌道は一平面上を動くので、その平面を x-y 座標としよう。惑星についての運動量方程式を立てると、mdv
dt
=-GMm
r2
r
r
両辺に v=dr
dt
との内積をとると、
m vd v
dt
=-GMm
r2
r
r
dr
dt
t=0 から t=t まで、時間で積分すると、m vd v
dt
dt=-GMm
r2
r
r
dr
dt
dt=-GMm
r2
r
r
dr
e, e をそれぞれ、動径方向、動径に垂直な方向の基底(単位)ベクトルとして、式中にでてくるベクトルを、動径方向と動径に垂直な方向の和に分けて書いてもよい。 左辺は、速度ベクトルを動径方向と動径に垂直な方向に分けると、v=vx ex+vy ey=v e+v eだから、
[1
2
m{v2x(t)+v2y(t)}]t0
=[1
2
mv2(t)]t0=[1
2
m{v2(t)+v2(t)}]t0
微小変位ベクトル dr を各成分に分けると、
dr=dr e+dr e
=dr e+rd𝜃 e
と書ける。r
r
=e
に注意して、右辺は、
-GMm
r2
r
r
dr
=-GMm
r2
e(dr e+rd𝜃 e)
=-GMm
r2
dr
=[GMm
r
]r(t)r(0)
両辺等しいとして、同じ時刻の項は同じ辺に持ってくると、 1
2
mv2(t)-GMm
r(t)
=1
2
mv2(0)-GMm
r(0)
=const.
「万有引力の力学的エネルギーは保存する」。 -GMm
r
を 原点に質量 M がある場合のポテンシャル・エネルギーという。
冒頭で、「力が座標基底ベクトルと平行で、かつその大きさはその座標変数だけの一変数関数となる場合に話を限る」と書いたが、これがその例。 本来は運動方程式と速度ベクトルを、x-y 座標系(デカルト座標系)ではなく、極座標 (r,𝜃) でそれぞれ書き下して、内積をとるべきだが、極座標への座標変換について書いていたら一つの記事分くらいの内容になってしまったので、別のチャプター ベクトルの座標変換 極座標を例として でお話しすることにする。そのため、ここでは少しトリッキーなやり方となった。 座標基底を含めた極座標への座標変換は、高校ではあからさまにはやらないが、これまでの数学の道具立てで十分理解でき、また、将来、一般相対論で出くわす微分(共変微分)を理解する上で役に立つので、是非、目を通していただきたい。 惑星の運動について、まだ運動方程式を直接には解いていないが、運動方程式に r と外積、 v と内積をとることで、角運動量の保存、力学的エネルギーの保存、二つの重要な性質が導き出された。
例題 その 4 荷電粒子の運動
原点に固定電荷 Q があるとき、質量 m, 電荷 q の物体に働く力(クーロン力)は、 𝜖0=8.854×10-12 [A2・s2・N-1・m-2] を真空中の誘電率として、F=1
4𝜋𝜖0
Qq
r2
r
r
運動方程式はmdv
dt
=1
4𝜋𝜖0
Qq
r2
r
r
係数が異なるだけで、式の形は、原点に太陽がある場合の惑星の運動と全く同じになる。従って角運動量、力学的エネルギーが保存されることになる。力学的エネルギー保存は、1
2
mv2(t)+1
4𝜋𝜖0
Qq
r(t)
=1
2
mv2(0)+1
4𝜋𝜖0
Qq
r(0)
=const.
「クーロン力の力学的エネルギーは保存する」。 1
4𝜋𝜖0
Qq
r
を、クーロン・ポテンシャル・エネルギーという。
万有引力との違いは電荷は正負、いづれもとれるので、積 Qq も正負どちらもとりうる点。運動の軌跡は、負なら、惑星の運動のように楕円軌道か放物線、もしくは双曲線軌道を、正なら双曲線軌道をとる(これは実際に運動方程式を解いてみなければならない)。
例題 その 5 アナロジー:回路の方程式
エネルギー積分は、回路の方程式でも使える。 抵抗 R, コイルのインダクタンス L, コンデンサの容量 C, 電源電圧 v, 回路に流れる電流 i,コンデンサに蓄えられる電荷を Q として 回路の方程式(キルヒホッフの法則)は、v=Ri+Ldi
dt
+Q
C
コンデンサの電荷と流入する電流の関係は、𝛥Q=i𝛥t だから、i=dQ
dt
運動方程式をエネルギー積分したものの、右辺 Fv を考えると、これは単位時間に系がなされる仕事であった。回路方程式でも同様のことを行いたい。 vi は回路に入力されるパワー(単位時間に入力されるエネルギー)となることに注意して、回路方程式の両辺に i をかけてみる。
v i=Ri2+Lidi
dt
+Q
C
dQ
dt
=Ri2+d
dt
(1
2
Li2+1
2
Q2
C
)
「単位時間に入力されるエネルギーvi は、Ri2 と、(1
2
Li2+1
2
Q2
C
)
の時間的変化率に等しい」。
Ri2 は抵抗で単位時間に熱として消費されるエネルギーで、系から流出するエネルギー。 1
2
Li2
をコイルに蓄えられるエネルギー
1
2
Q2
C
をコンデンサに蓄えられるエネルギー
という。 このうように、いろいろな場合のポテンシャル・エネルギーの式は覚える必要はなく、運動方程式や回路の方程式を書き下すことができれば、その場でエネルギー積分によって、導き出すことができる。
保存力と非保存力
エネルギー保存則:力の大きさに原始関数が存在する場合 のセクションで、”関数 Fi の原始関数が、Fi=-dU
dxi
の形で与えられるとする”
と、しれっと仮定して話を進めたが、全ての力が、このように原始関数を持つわけではない。 例えば摩擦力。例題 その1 単振動で床との摩擦がある場合を考えてみよう。
摩擦力は、物体側の原子と、床側の原子の距離が小さくなって、電気的な反発力が働くために生じるが、どちらの原子数も膨大で、計算は不可能。 そこで、実験をしてみると、どうやら摩擦力 R は垂直抗力 N に比例するらしいことが定性的に分かった。そこで、移動中は物体の速度によらず、R=-𝜇Nv
|v|
と仮定する(現象論)。負号は進行方向と逆向きなことによる。 x 方向の運動方程式は、a
mdvx
dt
=-kx
-𝜇Nvx
|vx|
同じように vx=dx
dt
との(内)積をとると、
mvxdvx
dt
=-kxdx
dt
-𝜇Nv2x
|vx|
=d
dx
(-1
2
kx2)dx
dt
-𝜇N|vx|
d
dt
(1
2
mv2x)
=d
dt
(-1
2
kx2)-𝜇N|vx|
-𝜇N|vx| は原始関数を持たないので、右辺第 1 項のようにd
dt
の形には変形できない。
このように、原始関数が存在し、d
dt
の形に変形できる力を保存力、
原始関数が存在せず、d
dt
の形に変形できない力を非保存力という。
保存力のする仕事はポテンシャルエネルギーとして系に蓄えられるので系の力学的エネルギーは保存し、非保存力のする仕事は系から流出するため、系の力学的エネルギーは保存されない。このことは、右辺第 1 項を移項してやると分かりやすい。 d
dt
(1
2
mv2x+1
2
kx2)=-𝜇N|vx|
左辺は系の運動エネルギーとポテンシャルエネルギーの和、すなわち系の力学的エネルギーの時間的変化率となるので、右辺 -𝜇N|vx| は摩擦力の単位時間あたりにする仕事として、系から外部へ流出するエネルギーとなる。 例題 その5 アナロジー:回路の方程式でやった抵抗の消費電力 Ri2 も、考えている系から流出するエネルギーの例となる。 これで、微積物理についてのヤマは超えました。ここまで読み進めてくれてどうもありがとうございまいす。 冒頭に述べたように、対象とする力についての制限があって、ちょっと早い気もするが、本チャプターのまとめとして、微積物理 はじめに のチャートを全て埋めてみよう。 後はポテンシャルが経路によらないことをより明示的に示すため、話を 3 次元、少なくとも 2 次元に拡張したいのだが、その前にちょっとだけ寄り道して、例題 その3 惑星の運動 でふれた極座標への座標変換について、説明します。将来、一般相対論を学ぶ上で役に立つだけでなく、ベクトルについての理解も深まることと思います。

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