大学での数学 ベクトル線積分
   ━━ エネルギー保存則再訪


微分と積分を一変数から多変数に拡張して、エネルギー保存則の話を完結させよう。
偏微分と全微分
二次元曲面で話を進める。x-y 平面を覆う曲面を、U(x,y) とする。立体地図をイメージしてもらえばよい。 P(xp,yp) を通り、x 軸、y 軸にそれぞれ垂直な面で切り取った断面 U(xp,y), U(x,yp) は、それぞれ y,x を変数とする、一変数の曲線となる。
断面の曲線には接線が引けるだろう。その傾きは、x 方向:𝛥U
𝛥x
|y=yp(xp)∂U
∂x
(xp,yp)
y方向:𝛥U
𝛥y
|x=xp(yp)∂U
∂y
(xp,yp)
このように、他の変数は一定として、ある変数についての変化率を求めることを「偏微分」する、という。 「微分」との違いは、「偏微分」した結果に、他の変数がパラメータとして含まれている点。 x 方向、y方向の傾きは分かった。では、任意の方向の傾きはどうか? 問いを変えよう。 下図を参照して、点 P から点 R まで、x-y 面内を 𝛥r =(𝛥x,𝛥y) だけ移動した ときの、U の増分 𝛥U はどうなるだろうか? 1 変数の関数(曲線)において、直線で一次近似したように、2 変数の曲面では、平面(平行四辺形)で一次近似してみよう。 Q での増分 ∂U
∂x
(xp,yp) 𝛥x
S での増分 ∂U
∂y
(xp,yp) 𝛥y
とするとき、
R での増分は、𝛥U=∂U
∂x
(xp,yp) 𝛥x+∂U
∂y
(xp,yp) 𝛥y
と一次近似できる。 誤差も含めて書くと、𝛥U=∂U
∂x
(xp,yp) 𝛥x+∂U
∂y
(xp,yp) 𝛥y+O((𝛥x)2+(𝛥y)2)
ここでは証明しないが、このように表せる条件は、点 (xp,yp) の近傍で、いづれか一方の偏微分が連続であることである。
𝛥x,𝛥y0 の極限をとったとき次のように書き、dU を全微分という。dU=∂U
∂x
(xp,yp) dx+∂U
∂y
(xp,yp) dy
最初の問い、任意の方向の傾きに戻ろう。𝛥U は、(𝛥x,𝛥y) の変化に応じて変化するから、方向に関する情報は (𝛥x,𝛥y) に含まれていると考えられる。傾きは関数の変化率。ということは単位長さあたり、どれくらい変化するかを示す量である。 (𝛥x,𝛥y) として、x 軸となす角度 𝜃 の単位ベクトル e =(cos𝜃,sin𝜃) を選ぶと、e 方向の傾きは、∂U
e
∂U
∂x
(xp,yp) cos𝜃+∂U
∂y
(xp,yp) sin𝜃
で与えられる。さらに、偏微分の項もベクトルの成分としてまとめることができて、 U(∂U
∂x
,∂U
∂y
)
とベクトル解析の分野では記載する。 はギリシャ文字のナブラで、 U は、"gradient U"Uの勾配)と読む。見知らぬ記号が出てくると、難しく見えるが、定義をしっかり押さえておけば大丈夫。この場合、デカルト座標の正規直交基底で考えているので、基底は ex,eyそうすると、e 方向の傾きは、∂U
e
= Ue
と、ベクトルの内積で表すことができる。傾きについて、関数由来の情報は U に、考えている方向由来の情報は e に含まれることになる。 単位ベクトル e の方向を変化させたとき、
max a (∂U
e
) a
=| U | ; for e U
min a (∂U
e
) a
=0 ; for e U
即ち、 U は最大傾斜の方向を表す。微小変位を、 e U を満たす方向につないでいくと、等 U 線と呼ぶべきものができあがる(地形図の等高線に相当)。各点における U は、「等 U 線に垂直で、最大傾斜の傾き」を表す。
以下は、余談の余談。読み流してください。 U は、実はベクトルではなくて、その双対、1 形式( 1-form )である。その基底は {dx,dy} で、基底こみで表すと、 U=∂U
∂x
dx+∂U
∂y
dy
今の議論ではベクトルの基底として、デカルト座標の正規直交基底をとっており、その双対基底が元の基底と一致するため、ベクトルのように扱った。興味のある方は、将来、微分幾何・微分形式という分野をあたってみてほしい。ベクトル、多変数の微分、積分を一段高い視点から簡潔に表現しており、非常にエレガントで自分も大好きな 分野です。前のチャプターで扱った、座標基底を採用すると、デカルト座標の正規直交基底に限らず、対応する 1 形式 U の各成分は、単にそれぞれの座標で偏微分したものになり、すっきりと表すことができる。
ベクトルの線積分
x-y 面内で、点 P(xp,yp) における微小変位ベクトルを 𝛥r とする。その方向の単位ベクトルを今度は t 、大きさ | 𝛥r |=𝛥s として、 𝛥r= t𝛥s . 𝛥r と考えているベクトル B(xp,yp) との内積は、数 𝛥A を与える。𝛥A=B𝛥r=Bt t t𝛥s=Bt𝛥sB 𝛥r 方向成分を Bt とした(ttangent line , 接線 の t から採った)。 今度は微小変位から、有限長の場合に話を拡張しよう。P を通る経路 C (始点 S,終点 E )をN 分割し、各要素を直線で近似する。各要素における 𝛥Ai の総和 AC を求めよう。 分割方法は N の極限をとったとき、各要素の大きさが全て 0 に近づくようにとればよい。例えば、𝛥s 一定、つまり各要素の経路長が一定になるように分割してやればよい。
AC= i𝛥Ai = i B(ri) 𝛥ri Bdr
= i Bt(ri) 𝛥s Bt ds
Bdr=Bt ds
これをベクトル B の、経路 C に沿った線積分もしくは接線積分と呼ぶ。 始点、終点は同一だが、異なる経路 C' に沿った線積分 AC' AC と同じ値になる保証はなく、一般には異なる値となる。 だが、ある条件を満たすとき、AC=AC' が成り立つ。それは、ベクトル B に、ある関数 U が存在して、B =(∂U
∂x
,∂U
∂y
) U
が成り立つ場合。
AC= i𝛥Ai= i(∂U
∂x
𝛥xi+∂U
∂y
𝛥yi) Udr
= i𝛥Ui= i(Ui+1-Ui)=U(rE)-U(rS)
Udr=U(rE)-U(rS)
となり、 Uの線積分は、U の終点と始点の差のみで与えられ、途中の経路によらない」。 つまり AC=AC' が成り立つ。 Udr= Udr 任意の閉曲線に沿った積分は、経路を二つに分け、それぞれ C,C' と分割することにより、 Udr= Udr- Udr=0 「ベクトル(場)が U と表せる場合、その一周積分は 0 となる」。
一変数から多変数への合成関数の微分
経路 C 上を物体が r(t)=(x(t),y(t)) と移動していくとすると、U(x(t),y(t)) は時間 t の一変数関数となるので、t で微分することができる。具体的には、一変数の場合と同じように、各変数 x,y Chain rule を適用すればよい。 微小変位の増分 𝛥U について、微小時間を 𝛥t として、𝛥U=∂U
∂x
𝛥x+∂U
∂y
𝛥y=∂U
∂x
𝛥x
𝛥t
𝛥t+∂U
∂y
𝛥y
𝛥t
𝛥t
だから、その極限をとって、
dU
dt
=∂U
∂x
dx
dt
+∂U
∂y
dy
dt
= Udr
dt
= ∂U
∂x
vx+∂U
∂y
vy = Uv
x,y t のみの関数なので、偏微分ではなく、微分 d
dt
でよい。
t で積分してみよう。少々回りくどいが、
dU
dt
dt
=(∂U
∂x
dx
dt
+∂U
∂y
dy
dt
) dt
[U]tEtS=U(rE)-U(rS)
=∂U
∂x
dx+∂U
∂y
dy= Udr
Udr= Udr
dt
dt
一変数から多変数への合成関数の場合も、置換積分(変数変換)ができることが分かった。
三次元への拡張
本質的な話は二次元で終ったので、三次元への拡張は簡単。全微分は z についての偏微分が増える。dU=∂U
∂x
(xp,yp,zp) dx+∂U
∂y
(xp,yp,zp) dy+∂U
∂z
(xp,yp,zp) dz
U(∂U
∂x
,∂U
∂y
,∂U
∂z
)
ベクトルの線積分の形は変わらず。
Bdr=Bt ds
ベクトル B U と表せる場合も同様。 Udr=U(rE)-U(rS) 以上を用いて、エネルギー保存則 ― vとの内積を取ってみる で課していた、 「力が座標基底ベクトルと平行で、かつその大きさはその座標変数だけの一変数関数となる場合」の制約を外そう。
エネルギー保存則 Revisited
ベクトル解析の道具がそろったところで、エネルギー保存則 ― vとの内積を取ってみるでやったことをさらってみよう。同じ手順をたどるが、今度はもっと見通しよくやろう。 運動方程式 mdv
dt
=F
の両辺に、速度ベクトル v=dr
dt
との内積をとる。
m v dv
dt
= dr
dt
F
左辺について、| v |=v として、
m v dv
dt
=m(vxdvx
dt
+vydvy
dt
+vzdvz
dt
)=d
dt
(1
2
mv2)
=d
dt
(1
2
mvv)
両辺等しいとおいてd
dt
(1
2
mv2)=Fdr
dt
「運動エネルギーの時間的変化率はは、外部からなされた仕事率に等しい」。 微分型から積分型に移行しよう。時刻 tSから tE まで、時間で積分すると、右辺は置換積分を行って
d
dt
(1
2
mv2)dt
=Fdr
dt
dt
[1
2
mv2]tEtS
=Fdr
1
2
mv2(tE)-1
2
mv2(tS)
=Ft ds
「運動エネルギーの増し高は、外部からなされた仕事に等しい」。 F(r)𝛥r 方向の成分、即ち接線成分を Ft とした。 ここで、F(r) がある関数 U(r) を用いて、F=- Uと表されるとする。U(r) をポテンシャル・エネルギー、F(r) を保存力という。右辺は、
Fdr=- Udr
=U(rS)-U(rE)
右辺を置き換えて、a
1
2
mv2(tE)-1
2
mv2(tS)=
-(U(rE)
-U(rS))
「運動エネルギーの増し高は、ポテンシャル・エネルギーの減り高に等しい」。 移項すると、1
2
mv2(tS)+U(rE)=1
2
mv2(tE)+U(rE)
「運動エネルギーとポテンシャル・エネルギーの和は時間によらず一定である」。 F=- U とマイナス符号にとることで、力の向きはポテンシャルが小さくなる方向となる。こうしておくと、力学的エネルギーを、運動エネルギーとポテンシャル・エネルギーの和と定義することができるし、水は(重力ポテンシャルの)高きから低きへ流れ勢いを増すの如く、ポテンシャル・エネルギーの大きい場所より小さいところの方が運動エネルギーが大きくなって直観と一致する。ポテンシャル・エネルギーの変化は経路によらず、終点と始点の差のみで与えられる。 二次元運動の場合、z 軸としてエネルギーをとることで物体の軌跡と各エネルギーの関係を図示することができる。例として、「エネルギー保存則 ― v との内積を取ってみる 」の、「例題 その4 荷電粒子の運動」を考えよう。 原点に固定電荷 Q があるとき、質量 m, 電荷 q の物体について、力学的エネルギー保存は、1
2
mv2(t)+1
4𝜋𝜖0
Qq
r(t)
=1
2
mv2(0)+1
4𝜋𝜖0
Qq
r(0)
=const.
だったから、Qq<0 の場合の、物体の軌跡( C )、働く力( F )、運動エネルギー( K.E.)、ポテンシャル・エネルギー( P.E. )、全エネルギー( Total E. )、ポテンシャル面( U(x,y))のイメージは下図のようになる。全エネルギーは保存されるので、E 方向の高さ一定。 力の方向は、「等 U 線に垂直で、最大傾斜の、 U が減少する方向」となる。 これで、微積物理のキモ、運動方程式から、運動量保存、角運動量保存、力学的エネルギー保存の導出までたどり着きました。お疲れ様です。 後は途中でふれられなかった、力にはどんな種類があるかと、ニュートンの法則の適用範囲についての落穂ひろいと、本カテゴリのまとめを行おう。

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