拘束力 その2
   ━━ 避けて通れぬ時もある


滑らかな拘束力と微小変位、仮想変位
拘束条件が時間項を含むレオノーマスな場合の、R3N と配位空間にとった座標系(一般化座標)についてもう少し考えてみよう。 時刻 t における配位空間を Qt{r=(x1,...,x3N) | fs(x1,...,x3N,t)=0 s=1,...,p} とし、R3N 内で、配位空間上にある各点の位置ベクトルを、r=r(qi,t) とする。{r
∂qi
}
は、時刻 t における Qt 上の各点における接平面(接空間)を張る。
次に、 Qt における一般化座標と、時刻 t+dt の配位空間 Qt+dt にとった一般化座標の関係を調べてみる。 r(qi,t)
∂t
dt
は、偏微分の定義から、 qi を一定にして t だけ変化させたときの位置ベクトルの変化の割合に微小時間 dt をかけたものだから、同じ値を持つ座標成分 (qi) が(各点において) tt+dt でどのように写像されるかを表すことになる。
Q 上の座標系の取り方には任意性があるので、座標系として、{qi}を採用した場合と、{q'i}を採用の場合では、R3N 上の同じ点でも r
∂t
は異なることに注意。r
∂t
dt
Qt 上の点を始点とし、Qt+dt 上の点を終点とするベクトルだが、その向き、大きさは座標系を決めた時点で決定される。
すなわち、 r
∂t
は、配位空間に引いた、座標系の取り方に固有な量となる。
以上を前提として、R3N における、解曲線 C の軌跡を同じ記号を使って、r=r(qi(t),t) と書くことにする。その微小変位は、dr=r
∂qi
dqi+r
∂t
dt =r
∂qi
qidt+r
∂t
dt
となり、第 1 項は経路によるが、第 2 項は先ほどの説明のとおり、座標系に固有で、経路によらない。 解曲線 C の、点 q(t) と点 q(t+dt) における接平面(もしくは接空間、それぞれTq(t)Q, Tq(t+dt)Q と表記する)と、微小変位 dr の関係を図で示す。比較のための変分曲線 C' と、時刻 t の変分 r
∂qi
𝛿qi
もあわせて描いてある( dt 等が十分に微小だとして、超曲面 Qt , Qt+dt の微小領域を接平面(接空間)で近似している)。
この図を見てもらえば、滑らかな拘束力 N 𝜆𝜇(t)∂f𝜇
∂xi
は、 任意の 𝛿qi に対する(同時刻の)変分 r
∂qi
𝛿qi
とは直交するが、 r
∂t
dt
の項があるため、微小変位 dr とは基本的に直交しないことが分かるだろう。 確実に直交するのは、配位空間が時間的に変化しない、スクレロノーマスの場合に限られる。
また、 𝛿qi は任意なので、変分 r
∂qi
𝛿qi
は微小変位の接平面成分 r
∂qi
dqi=r
∂qi
qidt
も含む。
時刻 t における変分、時間を止めた変分を仮想変位ともいう。 昔、解析力学で、d'Alembert ダランベールの原理を習ったとき、仮想変位は時間を止めて行う、と天下り的に説明されて、何のことだか、よく分からなかったが、こういうことだったのだ(このホームページでは変分原理を出発点として話を展開しているので、ダランベールの原理については触れない)。 以上をまとめると、軌跡は常に(その時刻における)配位空間上を動いていくが、レオノーマスの場合には、その配位空間自体が R3N 内を時間に依存して移動していくために、 R3N 内で見ると、微小変位と滑らかな拘束力は直交しないことがあり得るということになる。この場合、配位空間は相対座標系であると考えると分かりやすいだろう。一方で、仮想変位:時間を止めた変分と滑らかな拘束力は、レオノーマスの場合でも、常に直交していることが分かる。 繰り返しとなってしまって恐縮だが、レオノーマスも含めて、ホロノーム系においては、配位空間で系を取り扱う分には拘束力は出てこないし、配位空間において、一般化座標を用いて Lagrangian L を書き下した時点で、配位空間が R3N 内を移動していく効果も取り込まれているので、配位空間が R3N 内で時間的に変化することをそれ以上考慮する必要はない。 ホロノーム系からは外れるが、拘束条件として、座標成分ではなく、その微小変位、もしくは速度成分に条件が課せられることがよくあるので、こちらについてだけ拡張し、例題を挙げておこう。
拘束条件が微小変位/速度に関する条件の場合
例題として、この後すぐにやってみるが、滑らかな床の上に、くさび型斜面(斜面も滑らかとする)があり、その斜面におもりを置く。おもりが斜面に沿って滑り落ちる際の運動を考えると、くさびに対する、おもりの相対速度は常に斜面方向を向くことになり、これがこの系の拘束条件となる。 ホロノミックな条件(束縛条件が f(x,y,z;t)=0 の形で表されるもの)から、配位空間すなわち一般化座標が決まるが、そこにさらに微小変位や速度に関する拘束条件が加わる場合、経路は配位空間内を自由に取るわけにはいかなくなる。最小作用の原理もそれに合わせて記述を少し詳しくする必要がある。
最小作用の原理( Hamilton の原理 ) 拘束条件を満たす経路の中で、作用積分を停留値とするような経路が実際に系のとる運動である
最小作用の原理 ━━ 道は一つではないからの追加項目は 1 行目だけ(ホロノミックな条件のみの場合は配位空間を取ってやるだけでその条件は満たされるので、ここまでは書かなかった)。試行曲線を配位空間の任意の曲線群ではなく、拘束条件を満たす曲線群に限定し、その中で作用積分を停留値とするものを解とする、ということなので、これを原理として認めることに違和感はないだろう。 R3N 内の拘束条件として、aidxi
dt
+a0=0
微分形式ではai dxi+a0 dt=0が要求される系の運動を考えよう。 解曲線はこの拘束条件を満たす曲線群の中で停留値を満たす曲線であるから、比較のための変分曲線も拘束条件を満たすので、同時刻の変分は、ai 𝛿xi=0となることが以下のように示される。 R3N 内のベクトルをボールドで a=(a1,...,a3N) 等と書くことにすると、拘束条件はadx
dt
+a0=0
となる。解曲線 x(t) として x(t) = x(0)+ dx
dt
dt
変分曲線 x'(t) は始点を同じくして x'(t) = x(0)+ dx'
dt
dt
とすると、変分 𝛿x(t) は、 𝛿x(t)x'(t)-x(t)= dx'
dt
-dx
dt
dt
これと a と内積をとると、解曲線も、比較のための変分曲線 x'(t) も拘束条件を満たすので、 a𝛿x(t)= a(dx'
dt
-dx
dt
) dt=-a0+a0 dt=0
よって、同時刻の変分に課せられる条件は、ai 𝛿xi=0となる。 系の Lagrangian L を、各座標成分とその時間微分を用いて、L=L(xi,xi;t); i=1,...,3Nと書き下すと、ILdtとして、解曲線の満たすべき条件は部分積分を経て、a
𝛿I=-(d
dt
(∂L
xi
)-∂L
∂xi
)𝛿xidt=0
ai 𝛿xi=0 ;  i=1,...,3N
で与えられる。 束縛条件から、𝛿xi ; i=1,...,3N は独立ではないので、第一式の、𝛿xi の係数各項が 0 を満たすものを解とすることはできない。 これまでと同じ筋道で話を進めることもできるが、ここではもう少し直感的な導出を行おう。そのため、少しだけ条件を強めて、考えている経路全体に渡って、𝛿x1,...,𝛿x3N-1が独立、𝛿x3N が従属と仮定する。𝛿x3N=-ai
a3N
𝛿xi ; i=1,...,3N-1
を用いて、
𝛿I=-{3N-1i=1(d
dt
(∂L
xi
)-∂L
∂xi
)𝛿xi+(d
dt
(∂L
x3N
)-∂L
∂x3N
)𝛿x3N}dt
=-3N-1i=1{(d
dt
(∂L
xi
)-∂L
∂xi
)-(d
dt
(∂L
x3N
)-∂L
∂x3N
)ai
a3N
}𝛿xidt
=0
𝛿x1,...,𝛿3N-1は独立だから、これが成り立つためには、(d
dt
(∂L
xi
)-∂L
∂xi
)-(d
dt
(∂L
x3N
)-∂L
∂x3N
)ai
a3N
=0
ならばよい。式を変形してやると、
d
dt
(∂L
xi
)-∂L
∂xi
ai
=d
dt
(∂L
x3N
)-∂L
∂x3N
a3N
𝜆(t) ; i=1,...,3N-1
d
dt
(∂L
xi
)-∂L
∂xi
=ai𝜆(t) ; i=1,...,3N
これと拘束条件をあわせて、3N+1 本の方程式に変数は x1,...,x3N,𝜆 3N+1 個。これは解くことができる。よって、拘束条件が微小変位や速度に関する場合の系の方程式はa
d
dt
(∂L
xi
)-∂L
∂xi
=ai𝜆(t)
aidxi
dt
+a0=0 ;  i=1,...,3N
で与えられる。 同時刻の変分に課せられた条件 ai 𝛿xi=0 から、ここでも、拘束力 ai𝜆(t) は同時刻の、条件を満たす任意の変分、即ち接平面(接空間)と直交しており、「滑らかな」拘束力となっている。 くさびとおもりを具体例として示そう。まずは R3N で拘束力が出てくる形で、次に一般化座標で拘束力が出てこない形で解いてみる(実は与えられた拘束条件は積分できるため)。
例題:くさびとおもり── R3N
問題設定:水平な床の上に、質量の M のくさび型斜面(斜面と水平のなす角度 𝜃 )がある。斜面に質量の m のおもりを載せ、くさびもおもりも静止させた状態から時刻 t=0 に手を離す。床も斜面も摩擦はなく滑らかで、おもりは斜面を転がらずにすべるものとする。系の運動方程式を求めよ。 実験室系として、図のように (x,y,X,Y) をとる。くさびは左下端の点、おもりは重心の位置を座標としてとった。
運動エネルギー T T=1
2
m(x2+y2)+1
2
M(X2+Y2)
ポテンシャルエネルギー U は重力加速度を g としてU=mgy+MgY系の Lagrangian L L=1
2
m(x2+y2)+1
2
M(X2+Y2)-mgy-MgY
ホロノミックな拘束条件として、くさびは水平方向にしか運動しないので、f(x,y,X,Y)=Y-0=0拘束力の係数を 𝜆=P として拘束力の成分はP (∂f
∂x
,∂f
∂y
,∂f
∂X
,∂f
∂Y
)=(0,0,0,P)
くさびに対する、おもりの相対速度は常に斜面方向を向くから、y-Y
x-X
=-tan𝜃
微分形式ではcos𝜃 (dy-dY)=-sin𝜃 (dx-dX)よって同時刻の変分はsin𝜃 𝛿x+cos𝜃 𝛿y-sin𝜃 𝛿X-cos𝜃 𝛿Y=0こちらの拘束力の係数を 𝜆=N として拘束力の成分は(Nsin𝜃,Ncos𝜃,-Nsin𝜃 ,-Ncos𝜃 )で与えられる。 系の従うべき方程式と束縛条件は以下となる。a
d
dt
(∂L
x
)-∂L
∂x
=Nsin𝜃
m␒␒x=Nsin𝜃
d
dt
(∂L
y
)-∂L
∂y
=Ncos𝜃
m␒␒y+mg=Ncos𝜃
d
dt
(∂L
X
)-∂L
∂X
=-Nsin𝜃
M␒␒X=-Nsin𝜃
d
dt
(∂L
Y
)-∂L
∂Y
=-Ncos𝜃+P
M␒␒Y+Mg=-Ncos𝜃+P
Y=0            拘束条件 1
y-Y
x-X
=-tan𝜃 拘束条件 2
拘束条件 2 を時間微分すると␒␒y-␒␒Y=-tan𝜃 (␒␒x-␒␒X)運動方程式を代入すると、拘束条件 1 から ␒␒Y=0 も使って、
cos𝜃 (␒␒y-␒␒Y)=-sin𝜃 (␒␒x-␒␒X)
cos𝜃 (-g+Ncos𝜃
m
)
=-sin𝜃 (Nsin𝜃
m
+Nsin𝜃
M
)
N=M
M+msin2𝜃
mgcos𝜃 < mgcos𝜃
これと Y についての方程式から
P=Mg+Ncos 𝜃
=M
M+msin2𝜃
(M+m) g < (M+m) g
こうして拘束力もあわせて求めることができた。不等号の右辺は、比較のため、くさびが動かない場合の拘束力を示しておいた。おもりとくさびに働く力を図示しておこう。おもりについては微小変位もあわせて示す。
R3N でおもりの軌跡に着目すると、斜面が動くために経路に沿った微小変位 dr と拘束力 N が直交しない例にもなっている。 各成分の加速度は以下。 a
␒␒x=M
M+msin2𝜃
gcos𝜃sin𝜃
␒␒y=-M+m
M+msin2𝜃
g sin2𝜃
␒␒X=-m
M+msin2𝜃
gcos𝜃sin𝜃
␒␒Y=0
初期条件を t=0x(0)=0,y(0)=0 とすると、速度の比は、- y(t)
x(t)
=M+m
M
tan𝜃tan𝜃'
となる。速度ベクトルが一定方向を向くので、おもりは水平面との成す角度 𝜃' の直線上を移動していくことが分かる。
例題:くさびとおもり── 一般化座標で
実はさきほどの拘束条件cos𝜃 (dy-dY)=-sin𝜃 (dx-dX)は積分可能で、C を定数として、f(x,y,X,Y)=sin𝜃 (x-X)+cos𝜃 (y-Y)-C=0を改めて拘束条件とすれば、ホロノーム系として扱うことができる。 ホロノーム系として扱えるということは、追加の拘束条件なしで配位空間で Lagrange 方程式が立てられるいうことである。 すべての微分形式 1-form がこのように積分できるのかという面白い疑問も出てくるが、ここでは触れない( Frobenius フロビニウスの定理)。 対象の系について、くさびの運動が水平方向に限られることとあわせて、ホロノミックな拘束条件は 2 個なので、この場合の系の自由度は 4-2=2 z 方向には運動がないとして最初から除いている)。一般化座標として、おもりの位置を表すために、くさびの斜面にとりつけた座標系 𝜉 、くさびの水平方向の位置を表すために、水平方向の座標系 X (𝜉,X) を採用する。
おもりのくさびに対する斜面方向の速度は 𝜉 なので、おもりの実験室系での水平方向、垂直方向の速度成分はそれぞれ、(𝜉cos𝜃 +X,-𝜉sin𝜃) となる。運動エネルギー T T=1
2
m{(𝜉cos𝜃 +X)2+𝜉2sin2𝜃}+1
2
MX2
ポテンシャルエネルギー U は重力加速度を g としてU=-mg𝜉sin𝜃系の Lagrangian L L=1
2
m{(𝜉cos𝜃 +X)2+𝜉2sin2𝜃}+1
2
MX2+mg𝜉sin𝜃
Lagrange 方程式は以下となる。a
d
dt
(∂L
𝜉
)-∂L
∂𝜉
=d
dt
(m{(𝜉cos𝜃+X) cos𝜃 +𝜉sin2𝜃})-mgsin𝜃=0
␒␒𝜉+␒␒Xcos𝜃-gsin𝜃=0
d
dt
(∂L
X
)-∂L
∂X
=d
dt
{m(𝜉cos𝜃+X)+MX}=0
(m+M)␒␒X+m␒␒𝜉cos𝜃=0
これを解いて、a
␒␒𝜉=M+m
M+msin2𝜃
gsin𝜃
␒␒X=-m
M+msin2𝜃
gcos𝜃sin𝜃
おもりの実験室系に対する、水平方向、垂直方向(上向きを正)の加速度はa
␒␒𝜉cos𝜃+␒␒X=M
M+msin2𝜃
gcos𝜃sin𝜃
-␒␒𝜉sin𝜃=-M+m
M+msin2𝜃
gsin2𝜃
となり、先ほどの R3N で拘束力を用いた解と一致する。 この例では微小変位についての拘束条件がたまたま積分可能で、ホロノーム系として扱うことができたので、一般化座標で対応でき、その場合は拘束力が表に出てこなかった。 拘束条件が積分できない場合には、他のホロノミックな拘束条件から決まる配位空間で考えていても、拘束力の扱いが必要となる。 また、くさびに取り付けた 𝜉 系は慣性系ではないことに注意。Lagrange 形式では、運動エネルギーが正しく記述できるのなら、解析に都合の良い座標系を選んで系の運動を調べることができることの例にもなっている。 Lagrange 形式のお話はこれでおしまい。お疲れ様でした。 次は Lagrange 形式と Hamilton 形式をつなぐ、 Legendre 変換。 Noether の定理:時間推進対称性とエネルギー保存則 で先取りしていた、 Hamiltonian H について、おいおい説明していきます。

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